第5話 聞こえない、と塞ぐ耳


「■■? ■■?」

(誰……?)

「……ああ、ここに居たのね、■■」

 見知らぬ……だがどこか懐かしさを持った少女が、“ラツキ”に声をかける。

「あ、■■■。ここは見晴らしがいいからね」

 そう言って、夢の中の“ラツキ”は微笑んだ。
 見上げた空には、星が輝いている。

「そっか。■■が呼んでたよ、貴方の事」

 少女が優しく笑って、“ラツキ”はわかった、頷いた。
 ……懐かしくて温かい世界。けれど、彼女が誰なのかわからずラツキは困惑する。

(誰……? 誰なの……!?)

 君は……自分は……?


 +++


「……キ……ラツキっ!!」

「ッ!! ゆ、う……?」

 キキョウに着いて、マトたちと戦った……その夜。
 隣で寝ていたラツキは、何かにうなされているようで。ふと目を覚ましたユウは、慌てて彼を起こした。
 そうして瞳を開けたラツキは、どこかぼんやりとしながらもユウの名を呼び、彼はそんなラツキの様子にほっと息を吐いたのだった。

「大丈夫? なんだかうなされていたみたいだけど……」

「う、ん……大丈夫……。大丈夫、だよ。
 ……ね、外に出て、話さない?」

 心配そうなユウに弱く笑ってそう言ったラツキの表情は、少し曇っていた。
 ユウはそんな彼に気づいて、頷いて外へ向かって歩き出した。

 +++

「星って綺麗だね……」

 ポケモンセンターの外に出て、ラツキはそう呟く。
 あの夢と同じ夜空が、そこには広がっていた。

「……あの、ね」

「ん?」

 言いづらそうに話し出すラツキに、ユウは優しく首を傾げる。

「さっき見た夢に、知らない……でも懐かしい人が出てきたんだ……」

「……え?」

 ラツキが夢で見たというその人物は、もしかすると彼の記憶に関係があるのかもしれない。
 ユウはそう思いながら、続きを待った。

「そこにはね……こんな風に、たくさんの星が光ってた……」

 ラツキは夜空を見上げ、悲しげに笑う。

「……ねえ、オレって誰なのかな?」

 そんなことを聞いても、ユウが知るはずもないということくらい、彼自身もわかっている。
 だが、聞かずにはいられなかったのだ。

「……ラツキはラツキ、だよ?」

「うん……。でも……怖いんだ、オレ……」

 彼のその問いに、今のユウに答えることが出来たのはそんなありきたりな一言だけだった。
 ラツキは自らを抱きしめるように腕を回し、ぽつりと呟く。

「自分が、何者かわからなくて……。だけど……思い出すのも、怖い……。
 ワガママ、だよね……」

「ラツキ……」

 切なそうに笑うラツキに、ユウは名を呼ぶ以外何も出来なかった。

「オレは誰……? 何者なの? このままじゃ……怖くて……っ!
 でも、思い出すのも怖くて……もう、いやだよ……」

 ぽたり、ぽたりと流れ落ちる雫。とうとう泣き出したラツキに、ユウはそっと笑む。
 まるで、幼い子どもをあやすように。

「ラツキはラツキだよ。他の誰でもないよ?」

「でも……」

 それ以上言ったって、ユウも知らないんだ。
 そう、わかっている。彼をこれ以上困らせたくもない。
 頭ではわかっていても、ラツキの心はそれでも、と続けようとする。

「……君が、記憶を無くしたのは……辛い思い出を消すためだと思うよ」

「え……? ……辛い……思い出……?」

 だが、そんなラツキの思いに反して、ユウの口から出た言葉は意外なものだった。
 驚いたラツキが聞き返すと、ユウは笑って多分だけどね、と続けた。

「普通はそういうものだと思うよ。だから、無理に思い出さなくてもいいんだよ。
 大丈夫、記憶なんて君が望めばきっと戻るよ」

 ユウの優しい笑顔に、ラツキは更に涙を流した。
 だが、その顔には安心したような笑顔が浮かんでいた。

「あり……がと……ユウ……っ」

「いいよ、僕たちは友達なんだから……これくらい、気にしないで!」

 ユウはラツキの頭を撫で、そう笑った。
 彼を安心させようと、出来るだけ優しく。

「……うん!」

 今はまだ、この温かい場所にいてもいいのだと、そう赦されたような気がして。
 ラツキは涙を拭いて、笑顔で頷いた。

(記憶の中で、“誰か”が呼んでいた)

(オレは、聞こえないフリを……)


「さあ、そろそろ戻って寝ようか」

「……うん、そうだね。明日も早いだろうしね」


 そんな他愛もない会話をしながら、二人の少年はポケモンセンターに戻っていく。

(記憶の中の“彼”は、ずっと、オレを見ていた)

(ただ怖くて、オレは気づかないフリをした。それを後悔するのは、ずっと先の話)



 +++


「さて……と」

 ユウたちが去った場所の近くの木の上に、一つの影があった。
 どうやら二人をずっと見ていたようだ。

「“奴ら”も動き出した。……俺たちも、動く時が来たな」

 そう独り言ちて立ち上がった彼は、ラツキに似た容姿をしていた……。



 第五話 終。