Wish.01 リ・ジェネシス


 

 でもそれは、たったひとりの純粋な……ーー

 

 

 ガタン、と体が大きく揺れ、少年は目を覚ます。 薄暗いそこは、どうやらトラックの荷台のようだ。 寝惚けた頭で辺りを見回せば、段ボールが所狭しと積まれている。

 ……ああ、そうだ、自分は今日引っ越すのだ。 ここは新しい土地へ向かうトラックの中なのだ。

 少年は無意識に傍に転がっていた電子機器……ポケナビを起動する。 引っ越し祝いに、と父の友人が贈ってくれたそれの日付は、間違いなく今日……引っ越しの日を示していて……。

 

 

「……あれ?」

 

 

 少年の意識は途端にクリアになる。 それもそのはず、その日付は12年も前のもので……そもそも自分の引っ越し自体も12年前の話だったはずだ。

 少年はハッキリと覚えていた。 12年前引っ越した先で出会った人々を。 友を。 バトルを。 ポケモンを。 そして何より……悪しき組織と戦った記憶を。

 ガタン、と再び荷台が揺れて、間もなくトラックは停車した。 どうやら目的地に着いたらしい。 自身を呼ぶ母の声が聞こえた。

 ここから出るとどこへ行くのだろう。 自分はなぜここにいて、これからどうなるのだろう。 夢ではないことは、先程の揺れで確信した。

 震える手で荷台の扉を開ける。 すると広がる青空と懐かしくも新しいその町の香りが、少年を包み込んだ。

 

「ミシロ……タウン……」

 

 そこは少年の第二の故郷。 想像通りの住み慣れたはずの田舎町だった。

 

 

 忙しく動く引っ越し業者のゴーリキーたちを眺めながら、少年はぼんやりと考える。 自分は恐らく何かしらの原因で12年前に戻ってきてしまったのでは……? しかしその発想は突拍子がなさすぎた。

 ふと隣に住んでいた少女を思い出す。 彼女も同じなのだろうか。 それとも……自分のことなど覚えていないのだろうか……?

 

「……挨拶、行ってくるよ」

 

 ゴーリキーたちに指示を出している母親に声をかけて、少年は家を出る。 数歩先の彼女の家を目指すと、その時その扉が開いた。

 

「……あっ!! リクヤくん!!」

 

 中から出てきた茶髪の少女に名を呼ばれ、少年……詠羽 陸弥(ヨハネ リクヤ)は思わず安堵の息を吐いた。

 

「……ミウミちゃん……良かった……」

 

「リクヤくんも12年間の記憶があるんだね。 わたしビックリしちゃったよ……気付いたら12年前に戻ってきてるんだもの」

 

 困ったように笑う少女……苧環 深海(オダマキ ミウミ)もまた、12年の時間を共に過ごした記憶があるらしい。 双方の記憶の有無を確認したところで、これからどうするかを話し合う。

 

「もしこの世界がまた同じ出来事を繰り返すのなら、オレは同じように……いいや、その前に阻止したいよ」

 

「うん、それはわたしも同じ。 とにかく他に記憶がある人を探してみよう」

 

 そうして二人して町の外へ出ると、すぐそばにある草むらで男性……ミウミの父・オダマキ博士がポチエナに襲われていた。

 

「お父さん、またなの……」

 

 ため息をつくミウミを横目に、リクヤは地面に置かれていた博士のカバンとその中のボールを見やった。 12年前の記憶と違わず、そこから一つのモンスターボールを取り出して投げる。

 中から現れたのはひよこ型のポケモン……アチャモ。 ここまでは記憶通りだった。 ……彼に話しかけられるまでは。

 

『……ボクを呼んだのは、キミ?』

 

「……えっ?」

 

 聞き返すリクヤを横目に、アチャモは襲ってきたポチエナに火を吹いた。 驚いて逃げていくその犬型のポケモンを見送りながら、彼は自己紹介をする。

 

『ボクは……イア。 よろしく、“マスター”』 

 

「は? マスター……?」

 

「どしたの、リクヤくん?」

 

 きょとんとしているミウミとオダマキ博士に、リクヤは慌てて首を振る。

 

「あっいや、何でもないんだ!

 ……それより博士、大丈夫でしたか?」

 

「ああ……うん、迷惑をかけてしまってごめんね。 君は……確かリクヤくんだよね、センリの息子の」

 

 その言葉に、リクヤとミウミは彼には12年前の記憶がないことに気が付いた。 一体記憶の有無の差は何だろうか……?

 

「……迷惑なんて、そんなこと……」

 

「お詫びと言ってはなんだけど……そのアチャモ、君にプレゼントするよ」

 

 何とか言葉を返したリクヤに、博士は彼の足元にいたアチャモを見やった。 なついているのかリクヤの傍から離れないそのひよこ型ポケモンを彼に託した方がお互いのためになる気がする、と付け加えて。

 

 

 博士と別れて再び町の外へ出たリクヤは、傍らにいたアチャモ……イアに声をかける。

 

「ところでイア、さっき言った“マスター”って? それにこの世界……どうなってるんだ?」

 

『この世界のことは知らないけど……マスターのことは、夢で大きなポケモンに言われたんだ。

 “自分を選んだニンゲンをマスターとして旅に出よ”ってね』

 

「大きなポケモン……?」

 

 その単語に首を傾げたリクヤだが、博士と共に一度町へ戻っていたミウミが帰ってきたことに気付きイアとの話を中断することにした。

 

「遅くなってごめんね、リクヤくん。 お父さんから色々聞いてきたんだ」

 

「色々って?」

 

「何か悪さをしてる人たちはいないか、とかね。 そしたら……」

 

 ミウミが博士から聞いた話によると、やはり怪しげな組織……マグマ団とアクア団が何かを企んでいるそうだ。 今のところは目立った被害もないので、警戒するだけに留まっているそうだが。

 

「……あれ? でも、“前”は警戒したりとかもなかったよね?」

 

「うーん、そのことなんだけど……どうやら警告をしている人がいるみたいだよ」

 

 “前”との相違点に疑問を抱けば、ミウミはリクヤにそう答えた。 一体誰が、と言いかけて、彼らはふと確実に同じようにこの12年前の世界に戻ってきているであろう人物がいたことを思い出した。

 

「……ああ……そうだな、うん。 多分、いや絶対シルバーだ」

 

 確信めいたリクヤの言葉に、ミウミも頷く。

 その人物の名は、シルバー・ルフィス。 リクヤのジョウトでの友人の一人で、無口で無表情の割にしっかりとした性格の少女だ。 ミウミともこのホウエンで知り合い、共に悪しき組織を倒した仲間でもある。

 リクヤは詳しくはないが、彼女には何やら不思議な能力があるようで、リクヤとミウミは自分たちが“戻って”来ているのならそんな彼女もそうなのだろう、と確信していた。

 

「よしっ! じゃあまずはシルバーと合流を……」

 

「……私がどうかしたか?」

 

 目先の目標を手に入れ意気揚々と歩き出そうとしたその時、彼らの背後から静かな低い少女の声が響いた。 それに驚いたリクヤが振り向くと、深い紅色の髪を頭上でまとめた少女が立っていた。

 

「……ってうわあ!? シルバー!?」

 

「そんなに驚かなくてもいいだろ」

 

 呆れたようなため息を吐いて、件の少女……シルバーは足元にいたアチャモに目線を合わせ声をかける。

 

「お前がイアか。 私はシルバー・ルフィス……【守護者(ガーディアン)】の者だ。 この世界の異変について調査をしている」

 

『【守護者】……聞いたことあるよ。 珍しいポケモンを守るための組織だ』

 

「あながち間違いではないが……」

 

 アチャモ……イアの言葉に難しい顔をしたシルバーに、リクヤは慌てて話しかける。

 

「あ、あれっ!? シルバー、イアと話せるの!?」

 

「そもそもイアって……この子?」

 

 アチャモを見て首を傾げたミウミにざっくりと彼について説明をしたリクヤへ、シルバーはこくりと頷いた。

 

「……まあ、恐らくこの世界だからだろうが……。 詳しい話は……そうだな。 他の“イレギュラー”が追い付いてからにしよう」

 

「“イレギュラー”……?」

 

 彼女が発した単語について尋ねようとしたそのとき、リクヤたちの前方からこちらへ駆けてくる二人の影が見えた。

 一人は黄色い帽子を被った黒髪の少年、もう一人は緑髪と白衣を風に遊ばせている少年だった。

 

「ちょっシルバー、急にどっか行くのやめろよな!」

 

「はあ……お、追い付いてよかったです……」

 

「ゴールド……と、えっと……?」

 

 二人の少年が息を整えながらシルバーに文句を言うのを見やりながら、リクヤとミウミは黒髪が自身の友人……ゴールド・マサミカであることに気付く。 しかし緑髪の方は見知らぬ存在……そもそも12年前にもいなかったはずだ。

 

「こっちの緑頭は葵守 結友(アオカミ ユウ)。 “伝説のポケモン”について調べている博士で……まあ、私とゴールドの友人だ」

 

「アオカミです。 僕は確かにこの時代にはこの地方にいなかったけれど……なぜか気付いたらここにいたんです」

 

 不思議ですよね、と苦笑いを浮かべた少年……アオカミに、リクヤたちも自己紹介をする。 そうして一段落着いたあと、おもむろにシルバーがミシロとは真逆の方向へ歩き出した。

 

「……シルバー?」

 

「……歩きながら話そう。 マグマ団もアクア団もすでに行動を始めている。 ……止めるんだろう、同じように」

 

「……もちろん!」

 

 青い空に映える燃えるような紅い髪を靡かせ振り向いた彼女に、リクヤとミウミは力強く頷いて共に歩き始めた。 その後ろで、ゴールドとアオカミが安堵したように笑って、彼らを追いかけていく。

 

 

 彼らの運命は、こうして再び動き出した。 数多もの“ねがい”を乗せて……――

 

 

 

 

『たすけて、ユウ』

 

 

 

 

 それは星を司る少年の、“ねがい”。