第3話 隔たれた境界線


 薄暗い部屋の中。
 そこに、三人の少年少女はいた。

「クスクス……。どうするの、“ネア”?
 あなたの家族が、『あの子』を連れて行っちゃったらしいわよ?」

 楽しげな少女の声が、その空間に響く。

「なら、倒せばいいじゃない……」

「……あなたには聞いてないんだけど、“サキカ”。
 ……で、どうするの? “ネア”」

 ぽつり、と呟いた別の少女……サキカに苦笑いを返して、先ほどの少女が少年へと再度問う。

「……家族だろうが関係無い。……どうでもいい。
 オレの邪魔をする奴は倒す……それだけだ」

 “ネア”と呼ばれた少年は、はっきりと答えた。
 少女もその返答をわかっていて質問をしたのだ。……相変わらず意地が悪い、とネアは思う。

「そうね。それが私たち……“BATTLE GENERATION'S”のやり方よね!」

 満足そうに頷いた少女は、そう言って妖艶に笑った。

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 一方その頃、ユウたちは辿り着いたキキョウシティにあったフレンドリーショップにいた。 

「えっと、これとこれとー……」 

「ミアちゃーん……まだかかる?」

「もうちょっとー!」 

 ミアは、ボールや回復アイテムを買うのに時間がかかっていた。
 その間ユウとラツキは二人で雑談をしていたのだが……いい加減話題も尽きて、ユウはミアを急かしたのだった。

「ユウはボールとか買わないの?」 

 不意に気になって、ラツキはユウにそう尋ねた。

「僕はミアちゃんと違ってバトルもゲットもしない方だからね」

「そうなんだ」 

 呆れたようにミアを見ながら答えたユウに、ラツキは頷く。
 その時、ようやく会計を済ませたらしいミアが二人に駆け寄ってきた。

「おまたせー!」

「遅いよ、ミアちゃん……」

 苦笑いで迎えるユウに、ミアは悪びれもなく笑う。

「ごめんごめん。なんか色々迷っちゃってさー」

「じゃあ、行こっか」 

 ため息をつくユウと笑うミアを見て、ラツキはくすくすと笑って出口へと歩き出したのだった。

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「――マダツボミの塔?」

 その後ユウたちは、キキョウ随一の観光名所であるという“マダツボミの塔”の前にいた。
 高くそびえ立つそれを見上げながら、ミアとラツキは首を傾げる。 

「うん。何でも、ここはポケモンバトルの修行の場だそうだよ」

 ユウはガイドマップを見ながらミアとラツキに説明をした。

「バトルですって!? これは行くしかないわ、早速行くわよ!!」

「ミアちゃん張り切ってるなあ……」 

 ミアはどうやらバトルが好きらしい。
 わかってて説明したんだけど、と苦笑いを浮かべながらミアについていくユウ。
 そんな二人を見て、対照的だな、とラツキは密かに笑った。

「お邪魔しまーす!」

 ミアは元気よく塔の扉を開けた。
 中は薄暗く、棲み着いている野生のポケモンの気配で満ちていた。

「……あれ? 誰かいるみたいだね」

「ホントだ」

 ラツキが暗闇の中の一つの影を指差し、その人影を認識したユウが頷いた。

「ねえ! あなた、どうしたの?」 

 ミアがその影に近づき、そう尋ねる。
 そこにいたのは、彼女たちよりも年下に見える小さな女の子だった。

「……うぅ……友達とはぐれちゃったの……。この先はポケモンも出るしトレーナーさんもいるし怖くて……っ」 

 少女は大きな瞳に涙を浮かべながら、ユウたちに訴える。

「そっか……。ついでだし、その友達を探してあげよ?

「そうだね」

 ユウがミアとラツキに提案し、二人は快く頷いた。

「じゃあ行くわよ!」

 歩き始めた三人の後ろで、その少女は妖しげな笑みを浮かべていたことには、気づかずに……。

 +++

「あ、いたぁ!」

 そうして野生ポケモンやトレーナーと戦いながらも何とか三階へと辿り着いた瞬間、少女が突然声を上げた。
 どうやら、探していた友達が見つかったようだ。彼女の指差す方向には、黒いワンピースを身に纏った黒髪の少女がいた。
 探したんだよー!? と言いながら、彼女はその黒髪の少女の元へと駆け出していく。

「見つかってよかったね」

「うん、ありがとう!」

 ミアがそう言って笑うと、少女も笑顔になる。
 ……だが。

「……本当に……ありがとねっ!!」

 少女がニヤリと笑うと、部屋の奥からユウたちに向かって、何かが放たれた。

「うわあ!?」

「い、糸……!?」

 そう、それはポケモンの糸だった。
 糸はユウたちの体を縛り上げ、身動きが取れないようになっていた。

「そうよ。『彼』のポケモンの糸は、ちょっとのことでは切れないわ」

「『彼』……?」

 少女の言葉にラツキがそう首を傾げたのと同時に、奥から新たに少年が姿を現した。
 ミアに似たオレンジの髪に、敵意を宿した青い瞳。

「久しぶりだな、姉貴、ユウさん」

「ね、ネア……!?」

「ネアくん!?」

 その少年は、ミアの三つ年下の弟……海江イリエ音亜ネアだった。

「姉……?」

「ネアは……私の弟で……一年ほど前から行方不明で……っ!
 でも……良かった……。生きてた……生きてて、良かった……っ!」

 きょとんとするラツキに、ミアは涙を堪えながら説明をする。
 ずっと探していたのだ、と弟を見やる彼女に、ネアは冷たい目線を向ける。

「……姉貴。オレと、バトルしろ。
 それでオレ達が勝ったら、“そいつ、”を渡せ」

「そいつ……?」

 突然の要求に驚くユウたちに、ネアはため息をついてラツキを指差した。

「……お前だよ、記憶喪失」

「オレ……!?」

 ラツキは更に驚いて、思わず後退る。

「ちょ、ちょっと待ってネア!! ラツキをどうするつもり!?」

「そうだよネアくん、なんで……!」

 ミアとユウはそんなラツキを庇うように前に立ち、疑問をぶつける。
 だがネアはそれには答えず、傍に控えていたバタフリーにユウたちを捕らえていた糸を切らせた。

「バトルは一対一。オレは姉貴、ユウさんはマトさん、記憶喪失はサキカさん。
 ……いいな?」
  
「……いいよ」

 マト、というのがユウたちをここへ連れてきた少女の名で、サキカ、というのがマトが友達、と呼んだ少女らしい。
 ユウはそんな彼らの突然の申し込みを、少し考えたあと……あっさりと受け入れた。

「ユウ!?」

「大丈夫だよ、ラツキ。君は、ちゃんと守るから」

 ユウは、心配そうな声で自身の名を呼ぶラツキを安心させるように微笑んだ。

「それに……僕は、そう簡単にはやられはしない」

 そう言った瞬間、ユウの瞳からはいつもの穏やかさが消え去った。


「出ておいで! フルール!!」


 ユウが投げたボールから出てきたのは、キレイハナ。くるりとその場で一回転をして、彼女はマトたちに微笑んでみせた。
 いつもとは違う、好戦的な目で、“ユウ”も笑う。


「さあ……かかってきなよ」


 それは、きっかけに過ぎなかった。


 第三話 終。