第2話 はじめまして、こんにちは。


 それは、始まりを告げる鐘のように。 


「あ、あの……『シオン』って……?」

 崖から落ちてきた謎の少年は、困惑した顔でユウに尋ねた。

「あ……。ごめん、人違いだ」

「人違いなの!?」

 てへっと笑うユウの言葉にツッコミを入れるミア。

「それより……オレはゴールド。そっちの紅いのがシルバー、緑頭はユウ、オレンジ頭はミア。
 で、君の名前は?」

「名前……」

 そんな二人に苦笑いをこぼしながら、ゴールドが何とも微妙な紹介をしてから少年に名を問う。
 しかし少年は泣き出しそうな表情を浮かべ、申し訳なさそうに言った。

「……ごめんなさい……オレ、何も覚えてないんです……」

『――え?』

 震える声で紡がれたその言葉に、その場に居た全員が一斉に固まった。

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「記憶喪失、かあ……」

「はい……多分……」

 ユウ達は少年から事情を聞いていた。彼は俗に言う『記憶喪失』になってしまったらしい。 

「うわー、ホントにそんな事あるんだねー」

「ミアちゃん……。
 ……でも、名前がないと不便だよね? なんて呼べばいいかな?」

 ミアの呑気なセリフに、ユウは苦笑する。
 そのまま彼は何かを考えるような仕草をしながら少年を見た。

「あ……。えと……そう、ですね……」

「うーん……名前かー……」

 少年も同じく考える仕草をしながら呟き、ミアもそれに倣った。
 そんな三人を黙って見ていたシルバーは、不意に呆れたようにため息をついて、少年に話しかけた。

「……おい、お前」 

「はははっはいっ!?」

 突然低い声に呼ばれた少年は、吃りながら返事をする。
 どうやら怖がられているようだ。心外だ、と内心で思いながら、シルバーは続ける。

「……“BATTLE GENERATION'S”……という連中は知っているか?」

「……え? えと……知りません……ごめんなさい……」

「バトル……ジェネレーションズ? 何だそれ」

 彼女が発した単語に少年は首を横に振り、ゴールドもまた率直な疑問をぶつけた。

「そうか。知らないならそれで良い。
 ……ただ、多分奴らはお前を狙ってくる可能性が……高い」

 少年の返答に、シルバーは頷きながらそう続けた。

「……オレを……?」

 シルバーの言葉に、不安そうな表情を浮かべる少年。

「ああ。だから、一応覚えておけ」

「それなら大丈夫ですよ」

 何かあればすぐに逃げられるように。
 そう言った彼女だったが、しかしユウの穏やかな声が会話に割って入った。

「『羅月ラツキ』は僕らが守りますから! ね、ミアちゃん」

「うん!」

 いつの間にか色々決めたらしい二人は、そう言って笑った。

「……『ラツキ』……?」

 少年は二人が言った聞き慣れない単語を繰り返す。

「そう、『羅月』。君の仮の名前だよ」

「私のお母さんがトレーナーだった時、ずっと一緒にいたポケモンの名前なのよ」

 ユウとミアは、不思議そうにしている少年にそう説明した。

「あ、えっと……き、気に入らなかったらごめんね!」

 ユウは慌てて少年の顔を見やる。
 だが、少年はぽかんとしていた表情から次第に笑顔になっていった。

「嬉しい……」

「……え?」

 ユウが聞き返すと、少年は俯いていた顔を上げて、綺麗に笑んだ。

「気に入ったよ……とっても! ありがとうっ!」

 少年の笑顔に、ユウとミアもつられて笑った。

 +++

「それじゃあ、僕らは行きます。ラツキも、一緒に。
 色々ありがとうございました!」

「うん、大変だろうけど頑張れよ!」

 ラツキの記憶を探すため、そして自分たちの夢を叶えるため、ユウたちはゴールドとシルバーに別れを告げた。

「よし、行こう!」

 二人に快く見送られたユウ達は、そう言って元気よく駆け出した。

 そんなユウ達を見つめる謎の影があったことには、誰も気づかないまま……。

 +++

 嵐のような三人が去り、ゴールドの修行場は静寂に包まれていた。

「……なあ、“BATTLE GENERATION'S”ってなんだ?」

 その静寂を破り、ゴールドは先ほどから思っていた疑問を口に出す。 

「“BATTLE GENERATION'S”は……私たち“守護者ガーディアン”の敵、だ」

「じゃあ、あの子……ラツキはシルバーの一族の子なのか? 狙われるって事は」

 シルバーの答えに、ゴールドは再度問う。
 どうやらシルバーは、“守護者ガーディアン”という一族らしい。 

「……いや、違う」

 だが、彼女はゴールドの言葉を首を振って否定した。

「アイツは、私の一族じゃない」 

「え?」

 じゃあなぜ、という目で、ゴールドは目の前の紅の少女を見る。

「アイツは……」

 言い淀む彼女に、ゴールドは首を傾げる。
 そんな彼があの少年のことを知るのは、少し後の話……。 



 それは、確かな警鐘の音だった。 


 第二話 終。