第9話 ツクシ


 ――ヒワダジム。


「いっけーっ! リヒト!!」

「ストライクっ!!」

 ミアはピカチュウを、ツクシはストライクを繰り出した。


 井戸から戻った後、実はジムリーダーなのだと明かしたツクシに、それなら、とミアがバトルを挑んだ。
 そして今、二人のバトルが始まったのだ。


「ストライク、“でんこうせっか”!!」

「リヒト、“でんきショック”よ!」

 ストライクの技が当たる寸前、ピカチュウの電撃がストライクを掠める。
 ミアは命中しなかったことを一瞬だけ悔しがり、すぐに気を取り直した。

「ならリヒト、こっちも“でんこうせっか”!!」

 走り出すピカチュウに、ツクシが笑う。

「遅い! もう一度、“でんこうせっか”!!」

「っリヒト!?」

 ミアのピカチュウの攻撃が届くよりも先に、ツクシのストライクの攻撃がピカチュウに届いた。

「ストライク……早いね、リヒト……。ううん、大丈夫。負けないわ!」

 傷つきながらも立ち上がろうとするピカチュウに、ミアは笑顔を向ける。

「ごめんねリヒト、もうちょっと力を貸して! ……“でんきショック”!!」

「ストライクっ……!!」

 ミアの指示に頷いたピカチュウが、ストライクの隙をついて電撃を放つ。
 避けきれなかったストライクは、そのまま戦闘不能となった。
 ツクシは慌ててストライクに駆け寄る。

「君は強いね、ミアちゃん」

「えへへ……ありがとうございます!」

 誉めるツクシに、ミアは照れくさそうに笑う。

「はい、これ。インセクトバッチだよ」

「わああ……! やったね、リヒト!!」

 そんな彼女にバッチを手渡して笑うツクシ。
 ミアとピカチュウは嬉しそうな声を上げた。

「でも……まさかツクシさんがジムリーダーだったなんて……」

「え? ……ああ、うん。ごめんね、隠すつもりはなかったんだけど」

 喜ぶミアたちを横目に、そう言ったユウにツクシは苦笑いをする。

「君たちのことは、ハヤトから聞いてるよ」

「ハヤトさんから……?」

 彼の言葉に、それまで喜んでいたミアが首を傾げ、それまで黙っていたラツキがおずおずと口を開く。

「あの……ツクシさん」

「ん? 何? ラツキくん」

「何であなたたちはオレのことを知ってるんですか?」

 真っ直ぐツクシを見つめるラツキのその質問に対し、ツクシは少し困ったように頬を掻いた。

「何でって言われてもね……色々複雑なんだよね」

「……怖いんです、オレ……。自分が何者かわからなくて……。だけど、思い出すのも怖くて」

 キキョウシティでの夜、ユウは無理に思い出さなくてもいいのだと言った。
 だがやはり、気になるのだ。なぜ記憶をなくしたのか、なぜ狙われているのか……。

(だけど、思い出すのは、怖い)

「ラツキ……」

 ラツキの真剣な……それでいて辛そうなその表情に、ユウはかける言葉をなくし戸惑う。

「それに……“守護者ガーディアン”って……?」

 自身の味方になる、と言われたその存在。
 だが、ラツキからするとその正体すらわからぬ存在なのだ。味方、と言われてもピンと来ない。
 すると、意外な言葉が返された。

「……それは、『人ならざる存在』のこと……とだけ言っておこうかな」

「人じゃ……ない……?」

 語弊が生じるけどね、と前置きしてそう言ったツクシの表情は、決して明るくはなかった……。


 +++


 ――同じ頃、“BATTLE GENERATION'S"アジト内。

「調査隊、只今戻りました」

 必要最低限の灯りしかないアジトの中で、そう言って『リーダー』の前に跪いているのは、調査隊のスヴィア、キル、翼だった。

「やはり、アルフの遺跡は『伝説のポケモン』と関係があるようです」

「そうか」

 彼らの報告に淡々とした声で頷いたのは、リーダー……天羽アマバ 龍輝リュウキ

「リーダー、私たちが『奴ら』を潰してみせますよ」

 入り口から好戦的な少女の声が聞こえ、リュウキは無造作に結んだ漆黒に近い青の髪を揺らした。
 そこにはユウたちと同年代くらいの少女が立っていた。

「……第二戦闘隊か……」

「リュウキ、いいですね?」

 側に控えていたサブリーダーである女性……コズエが、リュウキに確認を取る。

「……ああ」

 そして彼がそう頷いたのを確認して、コズエは指示を下す。

「では第二戦闘隊、『“守護者”殲滅作戦』、実行してください」

 その言葉に、少女以外のメンバーも姿を現し、頷いて、歩き出した。

『了解』

「……何としてでも手に入れる……」

 去っていく少女たちを横目に、リュウキは拳を握り締め、呟く。

「『あいつら』は……絶対に……。
 そのためには、“守護者”どもは必ず倒す!!」

 暗い色を宿した瞳は、カプセルの中をたゆたう少女を睨んでいた……。


 +++

 ――この世のどこか、白い空間。

「ねえ……祇雅ギア

「何だ 鳳華ホウカ

 ギア、と呼ばれた黒い髪の青年は、ホウカ、と呼んだ橙色の髪の女性を見やる。

「あの子と『彼』……早く連れ戻した方が良くないかしら……」

「……わかっている」

 呟くようなその声に、ギアは少し間をおいて、頷く。

「……だが、今の『彼』には記憶がない。下手に接触して混乱させてしまうくらいなら、いっそ……」

「……星鬼シキ

 ギアの後ろから現れた仮面の少年……シキは、辛そうな声でそう言った。
 そっと気遣わしげに彼を見た後で、ギアは寂しそうに笑う。

「……今の『あいつ』には、信用するに値する“仲間”がいる。……だから、『あいつ』の方はしばらくは大丈夫だろう」

「今は……仕方ない、か……」

 ギアの言葉に、シキは拳をぎゅっと握り締める。
 『彼女』のことも確かに心配ではあるが、シキにとっては『彼』の方が気がかりだった。

(ああ、あの時オレが、守ってやれたら!!)

 後悔を繰り返しても何もないことくらい、シキとて理解している。
 『星の鬼』の名を持つ少年は、悔しさに歯を噛み締めた……。


 少年を巡る世界は、ゆっくりと動き出す。



 第9話 終。