第8話 現象を見つめる紅の瞳


「やっと着いたわっ!!
 第二のジムがある町……ヒワダタウン!」

 ミアは大きく伸びをしながら、楽しげに笑う。

 入り口付近に井戸がある、穏やかな空気が流れる静かな町……ヒワダタウン。
 アルフの遺跡からの長い道を越え、ユウたちはその町に辿り着いたのだった。


「ヒワダといったらガンテツさんのボールも有名だよね」

「それも気になるけど……まずはジムよジム!!」

 ガイドマップを見ながらこの町の名物をあげるユウだが、ミアにとってはボールよりまずはジム、らしい。

「ねっ! ラツキ!」

 突然くるりとラツキに向き直り、話を振るミア。
 しかし、当のラツキは二人の会話を聞いていなかったようだ。

「……え? あ……なに?」

「……どうしたの? 大丈夫?」

 きょとんと首を傾げるラツキに、ユウが心配そうにそう声をかけ、その時。

「ユウくん、ミアちゃん、ラツキくん!」

「あ! ツクシさん!!」

 彼らの前方から、ツクシが駆けてきた。

「よかった。ラツキくん気がついたんだね」

「あ……はい……」

 ツクシの言葉にも曖昧に返すラツキは、まだ少しぼんやりとしている。
 そんな彼を見たツクシは、少し何かを考えてから、ある提案をした。

「……あ! そうだ。僕、今から“ヤドンの井戸”へ見回りに行くんだけど……良かったら一緒に行かない?
 ラツキくんの気分転換になるかもだし」

「え、っと……?」

「ヤドンの井戸?」

 その提案にラツキは戸惑い、ミアは不思議そうに聞き返す。
 入り口付近にあった井戸、ということはわかるが、ヤドンの名を冠していることが不思議らしい。
 だがそんな二人に対して、ユウはワクワクとした様子でツクシの提案に頷いた。

「ちょっと行ってみたいかも……」

「それじゃあ、行こっか」

 にこっと笑って、案内するよ、と歩き出すツクシ。
 ユウたちもそれを追って、井戸へと向かった。

 +++

 ――井戸の中。
 野生のヤドンたちが気ままに暮らす薄暗いその場所を、ユウたちは歩く。


「ここは二年前、ロケット団の残党が潜んでいたんだ。それを三人の少年少女が倒してくれてね。
 また潜んでいないかって、たまにこうして見回りに来てるんだ」

「その『三人の少年少女』って……もしかして、ゴールドさんとシルバーさんのこと、ですか!?」

 ツクシの説明に、ミアがキラキラした瞳で尋ねる。

「あれ、知り合いなんだ?」

「知り合いって言うより成り行きで……まあ、色んなことを教えてくれました」

 驚いたようなツクシに、今度はユウが答えた。

「そうか……あの子たちは本当に優しいね。
 シルバーちゃんはひねくれてたけど」

 くすっ、と笑いながらツクシは懐かしさを乗せた声音で語る。

「……さて、異常もないみたいだし、帰ろうか!」

「はい。……ラツキ、行くよ?」

 来た道を引き返すツクシに頷いて、ユウは傍らでヤドンを撫でていたラツキを促した。
 それに短く返事をしてから、ラツキはヤドンたちがのんびりとあくびをする、穏やかな井戸の中を見回す。

(平和で……幸せそう。のんびりしてて、なんだか落ち着くな)

 ゆるりとした光景に、肩の力が抜けたように微笑むラツキ。
 そうして視線を眼前を歩くユウとミアに向けた。

「何もなかったねー……」

「平和が一番だよ、ミアちゃん」

 つまらなさそうにふてくされるミアに、ユウが苦笑いを零す。
 そんな二人の会話を聞きながら、ツクシは本当に平和ならばいいのに、とそっと目を閉じた。


 +++


 ――ワカバタウン。

「……それにしても、驚いたな。ラツキが、そんな……」

 優しいそよ風が吹く中、そう呟いたのはゴールド。

「ねえねえ、それってホントなの?」

 その呟きに反応して、隣にいた少女……エリア・ミラカナが茶色いツインテールを揺らして、シルバーに問う。

「……ああ。だが、それを本人に知らせるのはまだ早い……。
 何かあったら“あいつ”やジムリーダーが何とかするだろ」

「“あいつ”……ああ、ワタルさんか」

 シルバーの遠回しな表現に、同じく隣にいた幼なじみの少年……クリスタル・エスリートはしばらく考えてから思い出したように手を叩いた。

 エリアとクリスタルは二年前ゴールドたちとこのジョウトを旅し、そしてロケット団残党による一連の事件を共に解決した仲間だ。
 シルバーに呼ばれたそんな二人は、彼女から今回の件について話を聞いていたのだった。


「ってか何やってんだよ、今。
 どこにいるんだよ、お前のアニキさあ?」

「……知るか」

 ゴールドの疑問に、シルバーは冷めた声で言い捨てる。
 そう、ジョウト・カントーのポケモンリーグチャンピオン、ワタル・ルフィスは、シルバーの実兄なのだ。

「ポケモンリーグにあんまり戻ってないって聞いたよ?」

「それでいいのかチャンピオン……」

 意外と情報通なエリアの情報に、ゴールドは遠い目をする。

「まあ……ラツキに何かあったら出てくるだろ、あの馬鹿兄も一応“守護者ガーディアン”なんだからな」

「いい加減仲直りしなよ……」

 吐き捨てるように言うシルバーに、クリスタルは苦笑する。

 ちょっとしたすれ違いで兄妹仲に亀裂が生じたシルバーとワタルだが、どちらかと言うとシルバーの方が一方的に兄を避けている、というのは目に見えて明らかで。
 ワタルはシルバーに会う度何かと会話を持ちかけようとするのだが、彼女はそれをさらりと躱してしまい、現在に至るまで仲が直っていないようだ。


「……あの馬鹿兄のことはもういいだろ。今はあいつらのことで手一杯だ」

 強制的に話題を変えようとするシルバーも、一応兄と和解しなければ、と考えてはいる。
 だが長年の溝はそう簡単に埋められるはずもなく、結局仲違いをしたままなのだ。

(今更、兄妹ごっこなんて……――)

「うーん、けど今は見守るしかないって言われてもなぁ」

 ゴールドのため息混じりの声に、シルバーは思考の渦から脱する。

「……戦いが激化するようなら、私たちもあいつらに合流する」

「激化しないのが一番、だけど……無理なんだろうね……」

 彼女の言葉に、クリスタルもまたため息をつきながらそう言った。
 “彼ら”を巡る戦いが激化しないわけなどありはしないのだと、身を持って知っているから。

「……“BATTLE GENERATION'S”……か……。
 これ以上余計な真似をしなかったらいいんだがな……」

 嘲笑にも近い笑みを浮かべる紅の少女は、全てを知る者として、今はまだ傍観者に徹する。
 その先に待ち受ける未来をも見通しながら。



 第八話 終。