第25話 真実は歪みの中に。


 行く手を阻むように一行の前に現れた、“BATTLE GENERATION'S”の三人。
 ユウは彼女たちから庇うように、ラツキの前に立った。

「ラツキ、君は後ろに下がってて」

「ユウ、でも……っ!」

 ユウの言葉に、ラツキが食い下がる。
 狙われているのは自分なのに、というラツキの訴えも、ユウは眼前を睨むことで聞こえないフリをした。

「……三人目はオレだ。 それでいいか?」

 しかしそんな不安げなラツキの肩にそっと手を置いて、ゴールドが前へ出る。 シルバーはクリスに任せたようだ。
 それを承知したのか、マトはにやりと不敵に笑ってモンスターボールを投げた。

「行って、リーちゃん!」

「いけ、フルール!」

 マトがマリルリを、ユウがキレイハナを繰り出した。 二体は互いににらみ合いながら、主の指示を待つ。
 更にネアのボールからはバタフリー、ミアのボールからはピカチュウが飛び出し、ゴールドはバクフーン、サキカはゲンガーを出した。

「フレイ、“かぜおこし”!」

「かわして“でんきショック”よ、リヒトっ!!」

 バタフリーの攻撃をかわし、ミアの指示通りピカチュウが電撃を放つ。 持ち前の素早さを生かしバタフリーはそれを辛うじて避けるが、羽を電気が掠めたようだ。
 失速したバタフリーに、ピカチュウが追い討ちをかける。

「リヒト、“じゅうまんボルト”ーっ!!」

「くっ……!! 耐えろフレイ!! “ねんきり”で迎え撃て!!」

 ピカチュウの電撃を、バタフリーの念力が押し止める。
 一歩も引かない攻防を制したのは、バタフリーだった。

「ピィ……っ!!」

「リヒトっ!? ……大丈夫? まだ……行けるよねっ!!」

 倒れた自身に声をかけるミアに頷いて、ピカチュウは再度立ち上がる。

「いくよ、リヒト! 全力で……“かみなり”っ!!」

「……オレは……負けないッ!! フレイ!! “サイコキネシス”だ!!」

 それぞれのトレーナーの指示を受け、二匹は持てる力を込めて技を放った。
 ふたつの力がぶつかり合い、爆煙が発生する。
 それが晴れたとき、立っているのは果たして……――

 +++

「リーちゃん、“みずてっぽう”!!」

 少し離れた場所では、ユウとマトが戦っていた。
 マトは自身のポケモンにそう指示する。 勢い良く発射された水鉄砲を、ユウは避けることなく迎え撃った。

「フルール、“はっぱカッター”!」

「……っ! “みずてっぽう”を“はっぱカッター”で相殺した……!?」

 驚愕から思わず後退ったマトとマリルリを、ユウとキレイハナは追い詰める。

「今度はこちらからだ。 フルール、“あまいかおり”! そして続けて“リーフブレード”!!」

「しまっ……リーちゃんッ!!」

 キレイハナから甘い香りが漂い、マリルリはそれに気を取られてしまい行動が遅れる。
 そこへ剣先のごとき鋭さを宿した葉が降り注ぐ。 花と葉の化身とも言えるそのポケモンは、容赦なくマリルリに葉の剣をぶつけた。
 その刃に倒れたマリルリは、意識を失ったのか起き上がる気配がない。

「リーちゃん……っ!!」

 マリルリに駆け寄るマトを横目に、ユウはキレイハナをモンスターボールに戻した。

 +++

「ソムニウム、“シャドーボール”……!」

「フレア、“かえんほうしゃ”!」

 一方、サキカとゴールドのバトル。 ムウマとバクフーンがお互いの技をぶつけ合っていた。

「……やるな、お前」

「……あなたこそ」

 不敵に笑う二人の眼前では、二匹のポケモンが睨み合っている。
 その緊迫した空気を破ったのは、ゴールドのバクフーンだった。

「フレア! “ニトロチャージ”!」

 炎を纏った彼は、凄まじいスピードでムウマージに突っ込んでいく。
 しかしサキカは冷静にムウマージへ回避を命じた。

「ソムニウム、避けなさい……。 そして、“サイコウェーブ”」

「エスパー技か! だったらフレア、岩を盾にしてやり過ごせ!」

 ゴールドの指示に、バクフーンは近くにあった岩陰へと身を隠す。
 しかし、念波の光線は岩をいとも容易く破壊してしまった。

「隠れたところで無駄よ……っ!?」

 岩が壊れたことで、土埃が舞う。 それは彼女たちの視界を覆い、相手の居場所を見失ってしまうほどだった。

(これが狙いね……)

「ソムニウム、意識を集中なさい。 アナタなら……見つけられるはずよ」

「それはどうかな?」

 サキカの指示に、ムウマージは目を閉じてバクフーンの気配を探す。
 だが、響き渡ったゴールドの声が、彼女の集中力を途切れさせた。

「フレア! “かえんほうしゃ”!」

 するとムウマージの背後から、火炎放射が放たれる。
 至近距離で射たれた炎に、効果は抜群ではなくともムウマージは多大なダメージを受けてしまう。

「ソムニウム……っ!」

「まだだ! これで決める! “だいもんじ”!!」

 起き上がろうとしたムウマージに、バクフーンの口からオレンジ色の炎が吐き出される。
 大の字のように展開したそれが直撃した彼女は、目を回して倒れてしまった。

「っムウマージ……!!」

「オレたちの勝ち、だな」 

 戦闘不能になったムウマージをボールに戻し、サキカはゴールドを睨む。
 それと同時に電撃の音が鳴り響き、続いて何かが倒れる音が聞こえた。

「……私の勝ちね、ネア」

「くっ……」

 それは離れた場所で戦っていたミアとネアの姉弟だった。
 倒れたバタフリーを、満身創痍のピカチュウが睨んでいる。

「ユウも……勝ったみたいだな。 さて、どうする?」

 ゴールドの言葉に、サキカたちは悔しげに彼らを見やり。

「……撤退だよ、二人とも!」

 マトはそう言うやいなや、煙幕の入った球を投げ、煙に紛れて撤退した。

「やれやれ。 大丈夫か、ユウ、ミア……っ!!」

 呆れたような声でゴールドが振り返った、その瞬間。


 ……ドサリ。


 そんな音を立てて、ユウが崩れ落ちた。

「ユウ!?」

「ユウ!!」

 ゴールドはもちろん、ミアとラツキ、シルバーたちも彼に駆け寄る。
 意識を失ったユウの顔色は、青い。

「ユウ……ちょっと、ユウ、ユウっ!?
 ……ねえ、やだ……目を開けて、やだ、やだやだやだ……ッ!! わた、私……おいてかないで、ひとりにしないでよ、ユウ!!」

「み、ミアさん落ち着いて……!! ユウは大丈夫、気を失っただけだから!」

 そんな彼を見て錯乱状態に陥ってしまったミアを、ラツキは必死に宥める。
 その甲斐あってか、次第に彼女の叫び声はすすり泣きへと変わっていった。

「……ユウ……いなくなっちゃ、やだ……私、私まだ、なにも……っ」

「うん、大丈夫。 大丈夫だよ。 ユウはミアさんを置いていったりしないよ。 大丈夫」

 泣きじゃくる彼女を蝕むのは、きっと『7年前』の惨劇によるものなのだろう。
 全てを失ったユウを、当時の彼女はどんな思いで見ていたのだろうか。
 ……ラツキには、想像することすら難しかった。

「……とにかく、洞窟を出たらすぐにフスベシティがある。
 そこでユウを寝かせてやろうぜ」

「そうだね。 ここ、寒いし。 町でゆっくり休むべきだよ。 ユウも、ポケモンたちも……もちろん、オレたちもね」
 
 そう言いながら、ゴールドはクリスに手伝ってもらいながらユウを背負う。 クリスもそんな彼に同意しながら、出口を指差した。

「そう、ですね。 ……ミアさん、立てる?」

「う、ん……。 ……大丈夫。 ごめん……ありがと、ラツキ」

 手を差し伸べるラツキに、なんとか落ち着きを取り戻したミアは頷く。
 それにラツキは「気にしないで」と笑いかけて、洞窟の出口へと歩き出したのだった。


 +++


(失くしたもの、失くさなかったもの)

(その先で得たもの、手放したもの)


 夢を見ていた。 在りし日の情景。 燃え盛る町並み。
 夢を見ていた。 笑う『自分』。 泣きじゃくる彼女。

 何もかも手のひらからこぼれていった。
 自分に残されたのは、彼女だけだった。
 だから彼女だけは失いたくなかった。 守りたかった。 危険から遠ざけたかった。 だから、だから、僕は……――


「彼女に、何も教えないと選択したんだ」

『馬鹿だな。 アイツはそこまで弱くはないだろ』

「そうだね。 ……そう、なんだろうけど……でも、僕は臆病だから。 ……自分や彼女がこれ以上傷つくのは嫌なんだ」

『……ほんと、馬鹿だな。 ……ユウ』

「うん、僕は馬鹿だよ。 ……クウ」


 それは、彼の秘密の話。
 彼の歪み。 彼の傷。
 深層心理の海で行われる、『ふたり』の会話。


『もう、いいんじゃないか。 オレのこと、話しても』

「うん……うん、そう、だね……」


 真実は、きっとすぐそこに。



 第25話 終。