――チョウジタウン。
ほんの数時間前にこの町にたどり着いた一行。 少し肌寒い町を見て回る暇もなく、ミアは一直線にジムへ向かった。
ユウとラツキも黙したまま彼女に着いていく姿を見て、ゴールドたちは苦笑いを零したのだった。
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「ジュゴン、“なみのり”!!」
「……っリヒト! 波に向かって“10まんボルト”っ!!」
……そして今、老人とミアの声が響くのは、チョウジジム。
老人のポケモン……ジュゴンの繰り出した波が、ミアのピカチュウに襲いかかるが、ピカチュウは彼女の指示通りに電撃を放った。
「っ!? ジュゴン!!」
老人……このジムのジムリーダーであるヤナギが、電撃を食らって倒れた白いポケモンの名を呼ぶ。
どうやらバトルが終わったらしい。 終了を告げる審判の声が、聞こえた。
「いやはや……本当に強いな、お嬢さん」
一息吐いた後、ヤナギがミアにそう笑いかけると、少女は静かに笑った。 すると、彼はそっとバッチを取り出し、ミアに差し出す。
「……チョウジのジムバッチ……アイスバッチだ。 受け取りなさい」
「ありがとうございます!」
今度は心底嬉しそうに笑ってそれを受け取るミアを、ヤナギは微笑ましそうに見つめたあと、彼女以外の全員にも聞こえるように声を上げた。
「……ところで……君たちは、スイクン、エンテイ、ライコウというポケモンを知っているかね?」
「スイクン、エンテイ、ライコウ……?」
突然聞こえたその名前に、ユウが首を傾げる。
「それって……伝説の……?」
――ドクン……――
「……ッ」
それを聞いたラツキの鼓動が、早くなった。 ヤナギはなおも続ける。
「……そうだ。 そのポケモンたちには、こんな伝説がある。
エンジュに、“焼けた搭”があるだろう? あれは随分昔に火事で焼けてしまったのだが……実はその火事で死んでしまった、名も無い三匹のポケモンがいたそうだ。
だが、彼らの命は助かった。 エンジュに住まう聖なるポケモン、“ホウオウ”の力によって……」
「ホウオウ……」
ユウの呟くような相槌に、老人は頷く。
「そして、その時の三匹こそが、スイクン、エンテイ、ライコウだと言われているそうだ」
――……何だろう……この感じ……。 何かを……思い出しそう……――
息が出来ないくらい、痛くて苦しい。
ラツキの心に映る、笑い合う『誰か』の姿。
優しい、人たちだった……―ー
――っ……いやだ……嫌だッ!!――
思わず目を瞑って耳を塞ぐ。 すると、彼の脳裏に聞き慣れた声が響いた。
『――目を……瞑らないで』
――え……?――
悲しげなその声に思わず瞳を開けると、目の前には……もうひとりの自分が、いた。
彼は涙で頬を濡らしながら、じっとラツキを見つめる。
『もう……逃げないで……おねがい……』
もうひとりの“ラツキ”がそう呟いて消えゆくのと、ユウが彼の名を呼んだのが同時だった。
「……ツキ……? ラツキ!」
虚空を見つめぼんやりと……それでいて、どこか泣き出しそうだった彼の肩を、ユウは揺さぶる。
「大丈夫……?」
「ユウ……オレ……。 オレ、は……――」
我に返ったラツキはユウを見て、ぐらり、と倒れた。
「!? ラツキっ!?」
(……記憶が……戻りかけている……?)
そんなラツキと慌てて彼を支えたユウを見て、シルバーは手を口元に当て考える仕草をする。
「……どうして……」
不意に、ユウがラツキの傍を離れ、シルバーたちの方を向いた。
「どうして何も教えてくれないんだっ!! あんた達はっ!!
ラツキの事も! シオンの事も!!」
「ユウ……?」
突然豹変したように声を荒らげた彼を、ミアが驚いたように見つめる。
「……ユウ、落ち着け」
シルバーはそんな彼を宥めるように声をかけたが、逆効果だったらしい。
「落ち着いたら教えてくれるのか!? 何で……何で教えない!? 知っているんだろう!?」
シルバーの腕を掴み、なおも叫ぶユウ。 そんな彼を、シルバーを庇うように二人の間に割って入ったゴールドが、静かに制した。
「やめろよ、ユウ」
「!!……んで……何でだよ!!」
その悲痛な声がジムの中に響き渡り、一瞬の静寂が彼らを包んだ。 ……すると、それまで困惑した様子だったミアが、ぽつりと呟く。
「……ユウ。 自分のことを何も話さないあんたが、ラツキのためを思って話さないシルバーさんたちを責められるわけ……ないじゃない」
「……っ!!」
ミアの凪いだような真っ直ぐな視線が、ユウを貫く。
「じゃあ聞くわ。 どうしてあんたはあんたのことを教えてくれないの?」
「そんなこと……今は関係ない!」
視線を逸らす彼に、ミアは詰め寄る。
「そうかな? 同じこと、だと思うけど」
「……お、れは……僕、は……」
(知られたく、ない)
黙り込んでしまったユウにため息をついて、ミアは彼の傍から離れる。
そんな彼らを見たシルバーは呆れたような表情を浮かべ、事態を静かに見守っていたヤナギに声をかけた。
「……なぜ、このタイミングで伝説のポケモンの話をした?」
「……何、ちょっとしたお節介だよ。
いずれ彼も、自らの記憶と向き合う時が来るだろう。 彼の記憶がどんなものか、私は知らないけれどね。
……君には視えているのだろう? 彼の記憶と、彼らの未来が」
その言葉に深くため息をついて、シルバーは心底疲れた、という声で答えた。
「……未来は変えられる。 だがしかし、少しの介入では何も変わらない。
大きな介入があり、この先の未来に変化があったとしても……また、違った『最悪の結末』が待ち受けている可能性もある」
それは彼女の不安でもあった。 だが、それを吹き飛ばすかのようにシルバーの隣にいたエリアが明るく微笑む。
「大丈夫だよ! これ以上先のことなんて心配したって仕方ないし。
今は、シルバーちゃんが視た未来を変えるために頑張ろう?」
「……それも、そうだな」
親友にそう頷き返し、シルバーは仲間たちを見やった。
青い顔で眠るラツキを、ゴールドが背負っている。 それを心配そうに、ミアとクリスが見つめていた。
……たった一人、思い詰めた表情のユウを残して。
(その人たちを、オレは知っている)
(目を逸らしたくなる、過去の傷)
(……向かい合おう。 逃げるのは、もうやめよう)
(ねえ、きみも……――)
ぽつり、零れた涙は、誰のものか。
第23話 終。
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