第23話 ヤナギ


 ――チョウジタウン。

 

 ほんの数時間前にこの町にたどり着いた一行。 少し肌寒い町を見て回る暇もなく、ミアは一直線にジムへ向かった。

 ユウとラツキも黙したまま彼女に着いていく姿を見て、ゴールドたちは苦笑いを零したのだった。

 

 +++

 

「ジュゴン、“なみのり”!!」 

 

「……っリヒト! 波に向かって“10まんボルト”っ!!」 

 

 ……そして今、老人とミアの声が響くのは、チョウジジム。

 老人のポケモン……ジュゴンの繰り出した波が、ミアのピカチュウに襲いかかるが、ピカチュウは彼女の指示通りに電撃を放った。

 

「っ!? ジュゴン!!」

 

 老人……このジムのジムリーダーであるヤナギが、電撃を食らって倒れた白いポケモンの名を呼ぶ。

 どうやらバトルが終わったらしい。 終了を告げる審判の声が、聞こえた。 

 

 

「いやはや……本当に強いな、お嬢さん」 

 

 一息吐いた後、ヤナギがミアにそう笑いかけると、少女は静かに笑った。 すると、彼はそっとバッチを取り出し、ミアに差し出す。 

 

「……チョウジのジムバッチ……アイスバッチだ。  受け取りなさい」

 

「ありがとうございます!」

 

 今度は心底嬉しそうに笑ってそれを受け取るミアを、ヤナギは微笑ましそうに見つめたあと、彼女以外の全員にも聞こえるように声を上げた。

 

「……ところで……君たちは、スイクン、エンテイ、ライコウというポケモンを知っているかね?」

 

「スイクン、エンテイ、ライコウ……?」

 

 突然聞こえたその名前に、ユウが首を傾げる。

 

「それって……伝説の……?」

 

 

 ――ドクン……――

 

 

「……ッ」

 

 それを聞いたラツキの鼓動が、早くなった。 ヤナギはなおも続ける。 

 

「……そうだ。 そのポケモンたちには、こんな伝説がある。

 エンジュに、“焼けた搭”があるだろう? あれは随分昔に火事で焼けてしまったのだが……実はその火事で死んでしまった、名も無い三匹のポケモンがいたそうだ。

 だが、彼らの命は助かった。 エンジュに住まう聖なるポケモン、“ホウオウ”の力によって……」

 

「ホウオウ……」 

 

 ユウの呟くような相槌に、老人は頷く。

 

「そして、その時の三匹こそが、スイクン、エンテイ、ライコウだと言われているそうだ」 

 

 

 ――……何だろう……この感じ……。 何かを……思い出しそう……―― 

 

 

 息が出来ないくらい、痛くて苦しい。

 ラツキの心に映る、笑い合う『誰か』の姿。

 優しい、人たちだった……―ー

 

 

 ――っ……いやだ……嫌だッ!!―― 

 

 

 思わず目を瞑って耳を塞ぐ。 すると、彼の脳裏に聞き慣れた声が響いた。

 

 

『――目を……瞑らないで』 

 

 ――え……?――

 

 

 悲しげなその声に思わず瞳を開けると、目の前には……もうひとりの自分が、いた。

 彼は涙で頬を濡らしながら、じっとラツキを見つめる。 

 

『もう……逃げないで……おねがい……』 

 

 もうひとりの“ラツキ”がそう呟いて消えゆくのと、ユウが彼の名を呼んだのが同時だった。

 

「……ツキ……? ラツキ!」

 

 虚空を見つめぼんやりと……それでいて、どこか泣き出しそうだった彼の肩を、ユウは揺さぶる。 

 

「大丈夫……?」

 

「ユウ……オレ……。 オレ、は……――」

 

 我に返ったラツキはユウを見て、ぐらり、と倒れた。

 

「!? ラツキっ!?」

 

 

(……記憶が……戻りかけている……?)

 

 そんなラツキと慌てて彼を支えたユウを見て、シルバーは手を口元に当て考える仕草をする。

 

「……どうして……」

 

 不意に、ユウがラツキの傍を離れ、シルバーたちの方を向いた。

 

「どうして何も教えてくれないんだっ!! あんた達はっ!!

 ラツキの事も! シオンの事も!!」

 

「ユウ……?」

 

 突然豹変したように声を荒らげた彼を、ミアが驚いたように見つめる。 

 

「……ユウ、落ち着け」

 

 シルバーはそんな彼を宥めるように声をかけたが、逆効果だったらしい。

 

「落ち着いたら教えてくれるのか!? 何で……何で教えない!? 知っているんだろう!?」

 

 シルバーの腕を掴み、なおも叫ぶユウ。 そんな彼を、シルバーを庇うように二人の間に割って入ったゴールドが、静かに制した。

 

「やめろよ、ユウ」

 

「!!……んで……何でだよ!!」 

 

 その悲痛な声がジムの中に響き渡り、一瞬の静寂が彼らを包んだ。 ……すると、それまで困惑した様子だったミアが、ぽつりと呟く。

 

「……ユウ。 自分のことを何も話さないあんたが、ラツキのためを思って話さないシルバーさんたちを責められるわけ……ないじゃない」

 

「……っ!!」

 

 ミアの凪いだような真っ直ぐな視線が、ユウを貫く。

 

「じゃあ聞くわ。 どうしてあんたはあんたのことを教えてくれないの?」

 

「そんなこと……今は関係ない!」

 

 視線を逸らす彼に、ミアは詰め寄る。

 

「そうかな? 同じこと、だと思うけど」

 

「……お、れは……僕、は……」

 

(知られたく、ない) 

 

 黙り込んでしまったユウにため息をついて、ミアは彼の傍から離れる。

 そんな彼らを見たシルバーは呆れたような表情を浮かべ、事態を静かに見守っていたヤナギに声をかけた。

 

「……なぜ、このタイミングで伝説のポケモンの話をした?」

 

「……何、ちょっとしたお節介だよ。

 いずれ彼も、自らの記憶と向き合う時が来るだろう。 彼の記憶がどんなものか、私は知らないけれどね。

 ……君には視えているのだろう? 彼の記憶と、彼らの未来が」

 

 その言葉に深くため息をついて、シルバーは心底疲れた、という声で答えた。

 

「……未来は変えられる。 だがしかし、少しの介入では何も変わらない。

 大きな介入があり、この先の未来に変化があったとしても……また、違った『最悪の結末』が待ち受けている可能性もある」

 

 それは彼女の不安でもあった。 だが、それを吹き飛ばすかのようにシルバーの隣にいたエリアが明るく微笑む。

 

「大丈夫だよ! これ以上先のことなんて心配したって仕方ないし。

 今は、シルバーちゃんが視た未来を変えるために頑張ろう?」

 

「……それも、そうだな」

 

 親友にそう頷き返し、シルバーは仲間たちを見やった。

 青い顔で眠るラツキを、ゴールドが背負っている。 それを心配そうに、ミアとクリスが見つめていた。

 ……たった一人、思い詰めた表情のユウを残して。

 

 

 

(その人たちを、オレは知っている)

 

(目を逸らしたくなる、過去の傷) 

 

(……向かい合おう。 逃げるのは、もうやめよう) 

 

 

(ねえ、きみも……――) 

 

 

 ぽつり、零れた涙は、誰のものか。 

 

 

 

 第23話 終。