第21話 ミカン


 ――アサギシティ。


「ミカンさん、薬、持ってきました!」

「ありがとうございます」

 灯台へ戻って来たミアが元気に笑って薬を手渡すと、ミカンは優しく笑んで礼を言う。

 そしてデンリュウにそれを与えた後、二人はジムに戻りバトルを始めたのだった。

 

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「ケルツェ、“かえんほうしゃ”!」

「避けて、ハガネール!」

 ミアのキュウコンがミカンのハガネールへ炎を放つ。
 だが、ハガネールは指示通りそれをかわし、次の攻撃に備えた。

「ハガネール、“すなあらし”!」

「きゃあ!?」

 ミカンが指示をすると辺り一面に砂嵐が巻き起こり、ミアとキュウコンの視界を奪う。

「ケルツェ……集中して、見えなくても気配でわかるはずよ!」

 ミアの指示に頷いて、キュウコンはそっと瞳を閉じた。

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 そんなバトルの様子を見ていたゴールドが、傍らに居たシルバーに話しかける。

「……ハル兄とヒジリさん、何の用だったんだろうな?」

「……さあな」

 タンバでジム戦を済ませたヒジリとハルアは、シルバーたちと行動を共にすることなくどこかへ行ってしまった。

「……何か大事な用事があるってヒジリさん言ってたけど……」

 しばらく考え込んだ後で、ゴールドはこう言った。

「やっぱりあれかな、観光かな!」

 エンジュにでも行くのかな、と続けた彼の頭を、シルバーは思い切り叩く。

「難しいことを考えるのをすぐに放棄するのがお前の悪い所だな」

「ってーなぁ。 だってそういうのはお前とかクリスの役目だし」

 叩かれた頭を押さえながら、ゴールドはあっけらかんと言い放つ。
 それを見て深くため息を吐いたシルバーに、再び彼が問いかけた。

「そういうシルバーは何か心当たりとかあんのかよ」

「心当たり、か……」

 そう呟いて、彼女はバトルをしているミアと、それを応援しているラツキたちを見やった。
 バトルはもう、終盤のようだ。

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「いくら集中しても無駄です!
 ハガネール、“アイアンテール”!!」

 砂嵐の中から、ハガネールがキュウコンを叩きつけようと動き出す。
 その隙を、ミアとキュウコンは見逃さなかった。

「今よ、ケルツェ!!
 全力全開で、“ほのおのうず”に閉じ込めちゃえーっ!!」

 キュウコンから炎が放たれ、それは砂嵐をかき消しながらハガネールを捕らえる。

「っハガネール!!」

 炎が作り出す渦に閉じ込められたハガネールは、やがて体力が尽きて地面に倒れ伏した。

「ハガネール、戦闘不能!
 よって勝者は挑戦者・海江 未亜いりえ ミア!!」

 審判の声が響いて、ミアはキュウコンを抱き締めて喜んだ。

「やったぁぁぁっ!! ケルツェ、ありがとう!!」

「さすがですね、ミアさん」

 ミカンが嬉しそうに笑いながら、ミアにジムバッチを手渡した。

「アサギのジムバッチ、スチールバッチです。
 あなたならきっと、四天王にも勝てますね」

「あ、ありがとうございます! 頑張りますっ!!」

 バッチを受け取って笑うミアに、ラツキが拍手をしながら近づいた。

「ミアさんすごいね!」

「えへへ、ありがとう!」

 彼の言葉に照れるミアを見て、クリスが何気なく呟いた。

「そうだ、ユウもジム戦すればいいんじゃないかな?」

「あ、それ良いですね! ユウ、強いし!」

 その提案に、ラツキが楽しそうに賛成し、ユウを見る。

「え、あの、それはちょっと……」

「……ユウ。 ジム戦と言わず私とバトルしてよ」

 慌てて首を振るユウに、先ほどまで喜んでいたはずのミアが静かな声で告げる。

「バトルしてくれたら、私もうごちゃごちゃ言わないし、今までのこと謝るから」

 真っ直ぐに自分を見つめる瞳に、ユウは無意識に目を逸らす。

「……ジム戦は、しません。 ミアちゃんとのバトルも」

「なんで!!」

 その言葉に、ミアが声を荒げる。
 だがユウは彼女から視線を外したまま、ぽつりと呟いた。

「僕はミアちゃんに謝ってほしいとは思わないから。
 ……僕は……嘘吐きだから」

「ユウ」

 悲しそうに笑うユウの頭を、同じように悲しそうな表情をしたラツキがそっと撫でる。

「そんな悲しいこと、言わないで。
 ……ユウの気持ち、考えないでごめんね」

 そう言いながら、ラツキの脳裏にはハルアの言葉が浮かんでいた。


 ――……『七年前』、『トキワ攻防戦』、『ロケット団』、『人狩り』……。
  君を歪ませてしまったのは……それらか?――


(……ユウがバトルしたがらないのは、きっと過去に何かあったからだ)

(オレは……ユウにもミアさんにも、何もしてあげられないのかな……)


「ラツキ?」

 思考の渦に落ちたラツキを呼び戻したのは、目の前にいたユウだった。
 先ほどから一転して、心配そうな表情で彼を見ていた。

「えっと……心配かけちゃって、ごめん。
 僕は気にしてないから」

「あ……ううん、ユウが良いなら、いいんだ……」

 きっと、過去の話を聞いたら嫌われてしまう。
 ラツキはそう思って、笑顔の裏で全ての言葉を飲み込んだ。

 +++

「……」

「……シルバーさん」

 ユウたちを静かに見守っていたシルバーに、不意にミカンが声をかける。

「……何だ」

「……彼らのこと……何だか不安なんです。
 あなたには、どこまで見えているのですか?」

 ミカンの言葉は、恐らくシルバーの予知能力のことを指しているのだろう。
 隣にいたゴールドは黙って成り行きを見ることにした。

「……私に視えたのは、この一連の騒動の流れと結末だけだ。
 それに……未来は、いくらでも変えられる」

 例え結末が悲しくても、きっと変えられるから。
 ゴールドたちも、ハルアたちも、そうして自分たちの運命を乗り越えて……そして、シルバーを救ったのだから。


(そうだ、未来は変えられる)

(二年前のあの時も、シルバーが見た自分自身の結末を、オレたちも彼女も変えたのだから)


「彼らの歪みが、最悪の結末にならないよう……お願いします、私たちジムリーダーの分まで、あの子を……彼らを、見守ってください」

 ミカンの祈るような頼みに、シルバーとゴールドは静かに……だが確かに、頷いた。



(未来の先に、きみと彼女と僕が笑っていられるような)

(そんな世界なら、良いのに)



 第21話 終。