第20話 シジマ


 ――タンバシティ。


「オコリザル!! “ばくれつパンチ”!!」

「リヒト、“10まんボルト”!!」

 タンバジムのジムリーダー・シジマとミアがバトルをしている。
 ミアのピカチュウが“10まんボルト”を放つと、オコリザルが吹き飛んだ。

「!! オコリザル!!」

 シジマが叫んで駆け寄り、審判の声がジムの中に響く。

「オコリザル、戦闘不能。 よって勝負は挑戦者・海江イリエ 未亜ミアの勝ち!」

「やったぁ! リヒト、ありがとう!」

 ミアとピカチュウは、嬉しそうに飛び上がった。


 +++


 タンバシティに着いた一行は、二手に別れて行動していた。
 アサギの灯台にいるデンリュウを治す薬を貰いに行くユウに着いていったのは、エリアとクリス。
 ジム戦をするミアに着いてきたのはラツキ、ゴールド、シルバーだった。

『別々に行動した方が、効率が良いでしょう?』

 そう言って、まるで自主的にミアから離れるように薬屋へ向かったユウを見て、当事者たち以外は顔を見合わせてため息を吐いた。


 バトルが終わり、シジマがミアに近付きバッチを渡しながら話しかけた。

「強いな、嬢ちゃん。 ……だが、戦いの最中、迷いが見えた。
 心の迷いや戸惑いは、戦いには時に不利となる。
 ……一体、何に迷っているんだ?」

「っ……!」

 シジマの指摘に、息をつまらせるミア。

「わ、私は、別に……!」

 首を振って否定する彼女に、ラツキが声をかける。

「ユウのこと、だよね……?」

「っ!!」

 わかりやすいな、と苦笑いを浮かべながら、泣きそうな表情の彼女の頭を撫でる。

「アダムさんの言葉、気にしてるんだよね?
 でもユウが何も言ってくれないから、ミアさんは心配してるし、辛いんだよね……?」

「……っうわぁぁぁぁ……っ!!」

 ラツキの言葉に、ミアはとうとう泣き出してしまった。
 きっと、今までずっと我慢をしていたんだろう。
 頭を撫で続けながら、ラツキはシルバーたちを見やった。
 泣き出したミアにおろおろとしているゴールドと、反対に相変わらず無表情なシルバー。
 それにまた苦笑いを浮かべていたら、少し落ち着いたらしいミアが、涙声でぽつりと呟いた。

「ユウは……今まで一度も『辛い』なんて言ったこと……ないの」

「え……?」

 首を傾げるラツキに、溜め込んだ想いをぶつけるように、ミアは叫んだ。

「あの子は辛い経験をしたのに!! なのに『辛い』なんて、『悲しい』なんて誰にも言わなくて!!
 『あの時』だって、『ミアちゃん、久しぶり』って、いつもみたいに、笑って……ッ!!」

 その途中で、ミアはハッとしたように顔を上げた。

「もしかして……アダムさんが言っていた『ユウの真実』って……これ……?」

 辛いはずなのに『辛い』と言わず、ただ柔らかく笑んでいた少年の姿が脳裏を過ぎる。


 白い病室で、駆け付けた自分に。
 泣きじゃくる自分に。
 白い包帯に包まれて、彼はただただ静かに笑んで……――


「当たらずとも遠からず、って感じかな」

 記憶の海に沈みかけたミアを引き戻したのは、静かな低い声……シルバーだった。

「それは……どういう……?」

「今この中でミア、お前だけが知ってる『ユウの過去』。
 それがアダムの言う『ユウの真実』に関係があるということだ」

 シルバーの言葉に、ミアは黙り込んでしまう。

「……きっと、そのうち、ユウが自分から言ってくれるよ。
 ……何となく、だけど……そんな気がする」

 だから、それまで待とう? そう言って笑いかけるラツキに、ミアもそうだね、と頷いた。


「ただいま」


 その時、ミアたちとは別行動を取っていたユウたちが戻ってきた。

「お帰り。 薬、貰えたか?」

「バッチリだよ」

 ゴールドが声をかけ、ユウに着いて行っていたクリスが頷いた。
 ユウの方を見やるとラツキと普通に話してはいるが、やはり意図的にミアを避けているようだ。
 ゴールドとクリスは顔を見合わせて、深くため息を吐いた。
 ……すると。

「すいませーん、タンバジムってこちらで合ってますかー?」


 不意に間延びした少女の声がジムの外から聞こえ、シジマがそれに答えるためにそちらへ向かった。
 ゴールドは何となく嫌な予感がしてシルバーを見ると、彼女も嫌そうな顔をしていて思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 しばらくして、シジマが二人の少年少女を連れてジム内に戻ってきた。
 帽子を目深に被った大人しそうな少年と、金髪で活発そうな少女。
 彼らとゴールドたちが目が合うと同時に、ゴールドとシルバーは深いため息を、少女が大声を上げようと息を吸い込んだ……その瞬間だった。


「ハルアさんとヒジリさん、です……よね……!?」


 心底驚いたような声が、一瞬の静寂に包まれていたジム内に響き渡る。
 彼らが向けた視線の先には、驚愕した表情を浮かべたユウがいた。

「えっと……ああっ!? アナタは確か、『あの時』の……!?」

「はい、その節はありがとうございました。
 僕、『あの時』きちんとお礼を言えなくて……ずっと言いたかったんです」

 ヒジリ、と呼ばれた少女がユウを見て、こちらも驚いた声を上げると、ユウは深く頭を下げながらそう言った。

「え、え、ちょっと待って! 『ハルア』と『ヒジリ』って、7年前にカントーで起こった『ロケット団事件』を解決したって言うトレーナーよね!?
 なんでユウがそんなすごい人たちと知り合いなの!?」

「うん、それはオレたちも知りたいな。
 てか、そもそもハル兄たち、何でジョウトにいるんだよ?」

 わたわたと混乱しながら問うミアとは正反対に、ゴールドは比較的冷静に首を傾げる。

「僕は……七年前の『あの時』……助けてもらって」

 ユウがいつもと変わらない笑顔でそう答えると、ミアは辛そうに顔を歪めて俯いてしまった。
 そんな彼らを見ながら、ヒジリはゴールドの問いに答える。

「あたしたちがジョウトにいる理由は……そうだね……。
 まあ、ちょっと色々と、ね。
 ついでにハルが『ジョウトのジム戦したい』って言うからジム巡りしてるんだよ」

 そこまで言ってから、ヒジリは不安げに事の成り行きを見守っていたラツキに気づき、あ、と声を上げた。

「そう言えば、知らない子がいるね。
 あたし、蒼花アオバナ 聖璃ヒジリ。 こっちの帽子は赤咲アカサカ 晴空ハルア
 自己紹介が遅れてごめんね、あなた達の名前、教えてもらえないかな?」

 笑顔で名乗ったヒジリに、ラツキとミアか自己紹介をする。
 どうやら、ラツキたち以外は彼女らと知り合いらしい。

「それにしても、シルバーもゴールドくん達も久しぶりだねー。
 元気そうで何よりだよ」

「そうですね、ヒジリさんとは二年前の『ジョウトR団事件』以来ですから」

「そっか、二年前も大変だったよね」

 ……二年前、このジョウトを襲った事件……それは、ロケット団の残党によるポケモン狩りだった。
 ゴールド、シルバー、クリス、エリアの四人はその事件の解決者で、ハルアとヒジリとはその時に出会ったのだと、首を傾げているミアとラツキに、エリアが説明をした。

「オレとハル兄は実は従兄弟だったりするんだけどな」

「ええっ!? 凄腕トレーナー二人が従兄弟!?」

 緩く笑いながら言ったゴールドの言葉に、ミアが驚いた声を上げる。
 それにすら笑顔で頷きながら、ゴールドは未だ黙ったままのハルアに目を向ける。
 てっきり早くジム戦をしたいと言わんばかりにジムリーダーたるシジマを見つめていると思ったが、その深く被った帽子の奥にある紅い瞳は、真っ直ぐにユウを見ていた。

「……ハル兄?」

「……歪だ」

 不思議そうに声をかけたゴールドに、ハルアはポツリ、と呟く。
 しかし静かに吐かれたはずのそれは、その場にいた全員に伝わった。

「ハル……?」

 隣にいたヒジリが、不安そうに彼を見る。
 だが、その視線を物ともせず、ハルアは困惑した表情のユウをただ見つめていた。

「……『七年前』、『トキワ攻防戦』、『ロケット団』、『人狩り』……。
 君を歪ませてしまったのは……それらか?」

「……」

 ハルアがそう言うと、ユウは俯いて黙ってしまった。
 ミアとラツキの戸惑ったような視線が、二人の間を行き来する。

葵守アオカミ 結友ユウ。 ……君は、何故そんなにも……」


「僕が歪んでいるなんて、そんなこと、あるわけないじゃないですか」


 その笑顔、それ自体が歪んでいて。



(どうして、『辛い』って、『悲しい』って)

(言ってくれなかったの、ユウ)

(どうして、何事もなかったかのように、笑って……)



(君の真実は、世界を蝕む闇に、似ているのかもしれない)



 第20話 終。