――アサギシティ、ポケモンセンター。
「ってことで、タンバシティへ行くことになったんですが……」
「そっか、大変だね」
ユウは灯台でのミカンの話をエリアに報告していた。
一人、複雑そうな表情のミアをそのままに。
「ユウ、ミアさん、お帰りなさい……?」
「あ、ラツキ」
突如聞こえた声にユウが振り向くと、ミアの表情に気付いたのか不思議そうに首を傾げたラツキがいた。
「良かった。 目が覚めたんだね」
「う、うん……心配かけてごめんね。
……あの、ミアさんと喧嘩でもしたの……?」
何となく流れる気まずい空気に耐えられなかったのか、ラツキはユウに問う。
だが、それに答えたのはミアだった。
「してないわよ、別に。
それよりラツキ、起きて早々悪いけど、私タンバシティに行かなきゃいけないの。
……ラツキも来る?」
言いながらも、その言葉に拒否権はないようで。
やっぱり喧嘩してるじゃん、と呟きながら、ラツキはこくり、と頷いた。
+++
ポケモンセンターから出た一行は、四十番水道に来ていた。
ここから『なみのり』を使ってタンバへ行くのだ。
水タイプの手持ちがいないミア以外の各々が、『なみのり』を習得しているポケモンをボールから呼び出す。
「わあ、綺麗! ラツキの水タイプのポケモン、ミロカロスなんだね。
私いないからさ、乗せてくれない?」
ラツキがボールから出したポケモン……ミロカロスを見て、ミアが尋ねる。
「それは構わないけど……」
ちらり、と横目でユウを見やれば、彼もモンスターボールから水タイプの手持ち……ギャラドスを呼び出した。
(なんか……気まずいなぁ……)
はあ、とため息を吐いたラツキの肩を、ゴールドがポンと叩く。
「よし、じゃあタンバに行くか!」
明るい笑顔の彼に安堵しながらゴールドたちの水タイプのポケモンを見ると、ゴールドはラプラス、シルバーはオーダイル、エリアはホエルコ、 クリスはジュゴンを呼び出していた。
「よろしくね、ミシカ」
ミロカロスの体を撫で、そう声をかけると、高い鳴き声で答えてくれる。
それに笑んで、ラツキとミアは彼女の背に跨がった。
+++
しばらく波に揺られて進んでいると、 前方に島が見えた。
どうやらタンバシティではなさそうだが、休憩にはちょうど良さそうな場所だった。
「お、あの島で休憩しようか。 ポケモンたちも疲れただろうし」
「そうですね」
ゴールドの提案に頷くユウを見てから、彼は他のメンバーの同意を求める。
全員が同じように頷いたのを見てから、先頭にいたゴールドはその島へ向かうようラプラスに頼むのだった。
無事にその島に上陸したあと、ユウはぐるり、と辺りを見回した。
洞窟があり、その中から野生ポケモンの気配がするだけの場所だが、何だか厳かな……神聖な空間であるような気が、する。
「ラツキのミロカロス、疲れてない?
ごめんね、乗せてもらっちゃって」
ミアの声にそちらを振り返ると、大丈夫だよ、と笑うラツキとミロカロスの姿が目に入った。
アサギの灯台での出来事から、彼女は明らかに意図的に自分と関わろうとしない。
(仕方ない、ことだけど)
嘘つきな自分は、きっと、嫌われて当たり前だから。
(……悲しい、なんて……思う価値すら、僕にはない)
+++
その空気のまま一行が島を探索していると、ラツキが不意に後ろを振り向いた。
「……?」
「ラツキ?」
隣を歩いていたミアが首を傾げ、ラツキは困ったような顔で、えっと、と続けた。
「誰かに呼ばれたような気が……したんだけど……。
気のせい……かな?」
「何も聞こえなかったけど……?」
きょとんとするミアに、ラツキも困ったような表情を浮かべる。
……すると、そんな彼の名を呼ぶ声が、今度は全員にはっきりと聞こえた。
「……ラツキ?」
「あ……シキ、さん……?」
振り返れば、仮面の少年……シキと、黒髪の青年……ギアがいた。
「また……会った、な」
痛みを堪えるようなその笑みに、ラツキは頷いて、そっと視線を外す。
「俺の方は自己紹介がまだだったな。
俺は、祇雅。 よろしく、ラツキ、ユウ、ミア」
二人の微妙な雰囲気を仲裁するように、ギアがラツキたちに名乗る。
「あ……はい。
……えと、シキさんたちは何故ここに……?」
「それはこっちのセリフだ」
首を傾げるラツキに、ギアがそう返す。
「僕らは休憩に立ち寄ったんです」
それにユウが答えると、ギアは自分たちもそんなところだ、と笑った。
「……ここは……うずまき島……。 そういうコトか……」
「シルバーさん?」
シルバーが誰に言うでもなく呟くと、ミアが聞き返す。
だが、それに首を振って何でもない、と答えた彼女に、ミアも怪訝そうな表情でシルバーを見やった。
「……何だ」
「いーえ、シルバーさんは何をどこまで知ってらっしゃるのかなぁって思っただけです!」
ぷう、と頬を膨らませながらそっぽを向くツインテールの少女に、シルバーは苦笑いを浮かべる。
「ユウのこと、とかか?」
「それもありますけど……いえっ違いますっ!!
あ、いや、違わないんですけど……ああもう!! 笑わないでください!!
ラツキのこととかです!!」
あわあわ、と手をバタバタさせながら慌てる少女に、シルバーは笑みを浮かべたまま答えた。
「ラツキのことはともかく、ユウに関してはまあ……詳しくは知らないな。
私はあくまで“この先の未来が視える”だけだから」
悪いな、と謝る彼女に、ミアもそれ以上何も言えず、そうですか、と頷く。
視線の先にはぎこちない雰囲気ではあるけれど、比較的和やかに会話をしているラツキとシキ、ユウ、ギアがいて、ゴールドたちはそれを微笑ましそうに見守るだけだった。
+++
「……あの、聞いてもいい……ですか?」
「……何だ?」
ラツキの言葉に、シキは答えられる内容なら、と頷く。
その動作を見て、えっと、と言葉を探しながら、ラツキは続けた。
「記憶を失う前のオレと、シキさんって……どういう関係だったのかなぁ、って……」
「……何故、それを聞く?」
そう尋ねれば、記憶喪失の彼は困ったように俯いた。
「あなたは、ずっと……辛そう、だから」
あなたの為に、思い出した方が良いのだろうか。
思い出そうとする度に怖くて動けなくなりそうな、その記憶を。
「……ラツキ」
シキは無意識に、その手をラツキの頭に乗せていた。
自分よりも小さなこの子に、その悲鳴に、自分が気付けなかったせいで、この子は今、苦しんでいるのだろう。
「オレのことは気にしなくて良い。
……思い出さなくても、良いんだ」
「……シキ、そろそろ行くぞ」
それだけ言うと、タイミングを見計らったようにギアがシキに声をかける。
それに頷いて歩き出そうとする彼を、ラツキが呼び止めた。
「……シキさん!」
「……」
だが、それに振り返ることはなく、彼らはそのまま去っていってしまった。
「……どうして……思い出さなくても良い、なんて……」
(きっと、辛いはずなのに)
呟いたラツキの言葉は、誰にも届くことはなく。
彼はぎゅっと拳を握り締めた。
(思い出そう、ラツキ……――)
うずまき島に入った時、自分にだけ聞こえたその声に、ラツキは、もうわからないよ、と首を振った。
(怖いから、思い出したくない)
(だけど、あの人たちが、辛そうだから……――)
+++
「良かったのか? あの子に、会って」
ユウたちから離れた場所で、ギアは問う。
自分たちのリーダー……ミオが、この島で彼らに遭う、という予知をしたのをシキが聞いてしまい、単独で島の様子を見に行くはずだったギアに無理やり付いて来たのだが。
現状、シキは相変わらず辛そうな表情で俯いている。
「……満足か? そうやって、あの子を救えなかった自分を自覚して、自己嫌悪に陥ることが出来て」
「……ッ!!」
嫌味のように言い放てば、シキは自分を睨みつけた。
否定をしないのは、一応自覚しているのだろう。
ギアは思わず、はあ、とため息を吐いた。
この島は、ギアにとっては家のような場所だった。
そこへ今回、彼らが来る、というから、様子を見に来ただけで。
接触する気は毛頭なかったんだけどな、と呟くギアに、シキは今度は罰が悪そうな顔をした。
「……すまない」
「まあ、良いんだけどな。
あんまりあの子を困らせるようなことをするなってだけで」
苦笑いを浮かべるギアを見て、シキは静かに頷く。
懺悔の言葉を、飲み込みながら。
(君の悲鳴に気付けなかった)
(間に合わなかった)
思い出すのは、紅い海と、立ちすくむ君と。
――ごめん、ごめん、僕は、僕、は……ッ!!――
――さよなら、星鬼――
どうして、その手を掴めなかったのだろう。
どうして、君を救えなかったのだろう。
君の笑顔すらもう、思い出せない。
第19話 終。
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