――アサギシティ。
「やってきましたアサギシティ!!」
ミアの元気な声が、潮風に乗ってアサギシティの入り口に響く。
「ジム行こう!! ね、ジムっ!!」
そう言って後ろで呆れていたユウたちの方を振り向くミア。
「オレたちはラツキを休ませてくるよ」
そんな彼女にゴールドがそう言い、気を失ったままのラツキを背負い直した。
「あ、そうですよね……。や、やっぱり私も一緒に……」
ラツキの意識が戻らないことを心配しているのか、ミアが慌てて同行を申し出る。
しかしゴールドは首を振って、笑った。
「いや、ラツキのことはオレたちに任せて、ミアはミアの目的を果たせばいいよ」
「で、でも……」
「ミアちゃん、行こう?」
困惑するミアに、ユウがそっと声をかける。
「ゴールドさん、シルバーさん、クリスさん、エリアさん。
ラツキのこと、お願いします」
「ああ、任せとけ!」
「え、え、ちょっと、ユウ!?」
一連のやり取りを見て、ミアはわたわたと慌てる。
そんな彼女に、優しく笑いかけながら、ユウが諭す。
「ゴールドさんたちが一緒だから、ラツキは心配ないよ。
だから、ミアちゃんはミアちゃんのやりたいことをやればいいんだ」
「ユウ……そう、かな……」
なおも戸惑いながら首を傾げた彼女に、ユウたちはしっかりと頷いた。
(あの子が心配なのは本当)
(だけど、彼と二人だけということが、少しだけ、不安だった)
+++
「おじゃましまぁす……」
――アサギジム。
いつになく控えめな挨拶をして、ドアを開けたミア。
だが、ジムの中は薄暗く、誰もいないようだった。
「……留守、みたいだね」
「うん……。……あれ? 何かしら、この貼り紙……」
ミアが見つけた貼り紙には、『ジムリーダーは灯台にいます』、と書かれていた。
「……行ってみよっか?」
「そ、そうね……」
なぜジムリーダーが灯台に、と疑問に思いながらも、二人は灯台を目指してジムを後にした。
+++
(オレの存在、記憶、真実、現実)
(どれもが曖昧で、でも確かにあるはずのもの)
……不意に意識が浮上する。
真っ先に見えたのは、自分を看ていてくれたらしい黒い髪と黒と金が混ざった瞳……ゴールドだった。
「お、目、覚めたか?」
みんな心配してたんだぞ、と笑う彼に謝ってから、ラツキは身体を起こす。
「……ここ、は? ユウたちは?」
「ここはアサギシティ。ユウとミアはジム戦しに行ったよ」
辺りを見回しながら問えば、ゴールドがそう答えてくれた。
「そう……ですか……」
その言葉に、何だか二人に置いて行かれたような気分になって、ラツキは思わず俯く。
するとゴールドがそんな彼の頭を撫でて、優しく笑った。
「ユウとミアも、お前のことめちゃくちゃ心配してたぞ?
特にミアなんか、ジムに行かずにお前の傍にいるって言い出すくらいに」
「え……ミアさんが?」
意外な発言に、ラツキは驚いてゴールドを見つめる。
その一連の動作に深く頷いてから、彼は言葉を続けた。
「あいつらはあいつらなりに、お前のこと心配してるんだ。
だから、お前もユウたちのこと、信じてやれよ」
友達だろ? と笑うゴールドに、ラツキは泣きだしそうな顔で、ただ頷くしかなかった。
(だけど、信じなければどれほど楽だっただろうと)
(後悔するのは、ずっとずっと先の話)
+++
「ここが……アサギの灯台……」
高い灯台の足元で、ミアがそれを見上げながら呟いた。
「入ろう、ミアちゃん」
「うん」
そっと扉を開けると、中にはロビーがあり、上へ続く階段があった。
それを昇った先には、陽の光以外光源がなく、少し薄暗い空間が広がっていた。
更に上へ昇るための梯子があるところからして、最上階まで同じような空間が続いているのだろう。
ユウはそう考え、ちらりとミアを見やる。
だが、彼女は何か考え事をしているのか、難しい顔で地面を見つめていた。
「……ミアちゃん?」
「……えっ!?」
声をかけると、心底驚いた表情を浮かべた彼女を見て、ユウは首を傾げる。
「どうしたの?」
「え、あ……な、なんでもないの!」
あわあわと手と首を振って否定するミア。
それを見て、ユウは暫く考える素振りを見せると、ぽつりと呟いた。
「……アダム、さんの言葉……気にしてるの?」
「えっ!?」
驚いたような声を上げる彼女に、やっぱりか、とため息を吐いた。
昔から彼女は、隠し事が苦手なのだ。……隠し事だらけの自分とは違って。
「……ユウ……アダムさんが言ってたこと、本当なの?
だったら、何で教えてくれないの?」
「ミアちゃんが気にすることじゃないよ。特に今は。
早くジムリーダー見つけて、ジム戦して、ラツキのとこに帰ろうよ」
いつもと変わらぬ笑顔でそう言えば、ミアは拳を握り締めて、叫んだ。
「はぐらかさないでよッ!!」
静かな灯台の中に、ミアの声だけが残響する。
「気にすることじゃないって何よ!? 気にするわよ普通!!
大事な幼なじみのことくらい、知りたいよ!! 心配くらいさせてよ!!
それでユウが困っているなら、助けになりたいよ……!!」
「……ミアちゃん」
呆然と名を呼べば、ミアは目に浮かべた涙を拭って、梯子に向かって歩き出した。
「……私じゃユウを助けてあげられないって、知ってた。
だから私は、強くなりたいんだ」
頼れる存在なのだと、認めてもらうために。
「……ミアちゃん……」
名を呼ぶしか出来なかった、心優しい孤高の少年を、助けるために。
+++
気まずい空気のまま、二人は最上階に辿り着いた。
「はじめまして。私はミカン。アサギジムリーダーです」
最上階……これまでの部屋とは打って変わって、展望台になっているらしく明るい日差しに包まれたそこにいたのは、この街のジムリーダーである少女……ミカンだった。
「何でこんなところに?」
「それは、この子……アカリちゃんの具合が悪く……。
私、心配になって様子を見に来たのです」
ユウの言葉に、ミカンが隣にいたデンリュウを見やる。
確かに、デンリュウは心なしか体調が悪そうだ。
「アカリちゃんは、ここで海を照らしていました。
それが、数日前から体調を崩してしまって……」
「そんな……。
……えっと、私、ジム戦しに来たんですけど……」
恐る恐るミアが口を開くと、ミカンは困った表情を浮かべた。
「……ごめんなさい。アカリちゃんの具合が良くなるまでは……」
「……じゃあ、体調が治ればいいんですね?
僕たちに何かできることはありませんか?」
ユウの問いかけに、彼女は頷いて海を見やる。
どこまでも広がる青い空と海。その狭間に、島が点在している。
「そうですね……。ここから海を渡った先に、 タンバシティという街があります。
そこのお薬があれば……アカリちゃんの体調も、良くなるかと」
「タンバシティの薬……ですね、わかりました。
ミアちゃん、行こう」
ユウは何か心当たりがあるのか、ミアの方を向いて、出発を促した。
「う、うん……」
そんな彼に、戸惑いながらも彼女は頷くしかなく。
二人は展望台を後にした。
+++
二人が居なくなったその空間で、ミカンはそっと電話を取る。
不安げに自身を見上げるデンリュウに、大丈夫だと微笑んで。
「……シジマさん……“彼ら”は先にそちらへ向かいました。
……アカリちゃんのお薬を、頼んでしまって……」
『ああ。……わかった、問題ない』
電話の向こうで、シジマ、と呼ばれた男性が、短く答えた。
『運命が……動き出したか……』
(君の嘘、僕の現実)
(暴かれるのは——)
第十八話 終。
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