第17話 君と僕の真実と現実。


 エンジュシティを抜けた一行は、次の街……アサギシティへ向かっていた。
 エンジュとアサギを結ぶ道はどこか穏やかで、心地よい潮風が一行を包んでいる。


「この道を抜けたら、アサギジムのあるアサギシティだよ」

「わぁぁぁ……! ワクワクします!!」

 エリアの言葉に、ミアは今にも駆け出しそうな様子ではしゃぎ出す。
 一方で、ユウはラツキの元気がないことに気が付いて声をかけた。

「ラツキ? どうしたの?」

「あ……ううん、たいしたことじゃないんだけど……」

 不安そうな顔で笑いながら、ラツキは続ける。

「ジムリーダー全員がオレのこと知っていて……でもオレはオレ自身のこと何も知らなくて……。
 なんだか怖いなって思っちゃって……」

「ラツキ……」

 そんな彼を気遣わしげに見やってから、ユウは無意識に拳を握り締めた。

(……それはシルバーさんたちだって同じだ。
 ラツキのことを何か知っているくせに、何も言わない)

 本当に、何を考えているかわからない人たちばかりだ。
 けれど——不意にユウの思考を断ち切るように、一行に声が降りかかる。


「真実とは何か? 現実とは何か? 記憶とは何か……?
 それらは実に曖昧で、幾らでも隠し、また創ることが可能なものだ」


「あなたは……!!」

 ユウたちが向けた視線の先には、声の主……白い髪の青年が立っていた。

「あなた何なの!? アルフの遺跡でも勝手に現れて勝手に消えて!! 」

 モンスターボールを構えながら叫ぶミア。
 だが、シルバーがそっと彼女を下がらせた。

「え、シルバーさん……?」

「何の用だ、アダム」

 困惑するユウとミアを無視して、シルバーは青年に問う。
 どうやらアダム、というのが青年の名前らしい。

「用、か……。強いて言うなら《彼》に助言でも与えようかと思ったのだが……」

 アダムはそう言って、真っ青な顔で今にも倒れそうなラツキを見つめる。

「……それどころではなさそうだな」

「お前の存在はラツキに悪影響だ。とっととここから去れ」

 柔らかい笑みを浮かべるアダムに反して、シルバーは彼を睨みつける。

「……やれやれ。【守護者ガーディアン】のお姫様は気が強くて手に負えないな」

 しかし、彼女の殺気も物ともせず、アダムはくるり、と踵を返して去ろうとする。
 ……だが、それを止めたのは、ユウに支えて貰いながらも何とか立っているラツキだった。

「まって……待ってくださいっ!!」

 白髪を風に靡かせながら、アダムはゆっくり振り返る。

「あなたは……誰……? オレのことを知っているんでしょう……!?
 あなたを知っているような気がする、だけど思い出せない……頭が、いたい……っ!!」

「ラツキっ!!」

 膝を付いたラツキに、ユウが名を呼び、ミアも駆け寄る。

「《羅月》……良い名だ。
 記憶も現実も名と同じ。消える、隠せる、そして創れる、創られる……」

「……何が、言いたいんですか」

 ゆるりと笑う青年を、今度はユウが睨む。

「存在とは、他者に認識してもらえて初めて生まれるモノだ。
 ……葵守アオカミ 結友ユウ、君なら……わかるだろう?」

「……何のことですか」

 何故、目の前の青年かれは自分の名を知っているのだろう?
 睨みながら、ユウは問い返す。

「他者に秘密を教えろ、と言う割には、自分は自分の秘密を誰にも教えない。
 ……《羅月》、そんな彼を何故信頼できる?」

「え……?」

 困惑した表情のラツキを視線から外して、ユウは歯を食いしばる。

(何者だ、この人……! なんで僕のこと……!!)

「シオンって子のことならちゃんと話してくれたわ!
 それ以外に、ユウのことを幼なじみの私が知らないわけないでしょ!!」

 ユウとラツキを庇うように立ち上がって、ミアもアダムを睨んだ。

「さっきからワケわかんないことばっか言って、ふざけるんじゃないわよ!!」

「……私が言いたいのは、シオンに関することではないのだがな。
 海江イリエ 未亜ミア、君は本当に《葵守 結友》の真実を知っているのか?」

 だが、青年の言葉にミアは困惑し、思わず背後のユウを見やる。

「ユウ……なに……まだ私に何か隠してるの……?」

「……」

 ユウは黙したまま、ただアダムを睨んでいた。

「……アダム。あまり引っ掻き回すな」

「ふふ、済まない。他者と触れ合うのは久しいからな……少し苛めたくなってしまったのだよ。
 お詫びと言っては何だが、君たちへ情報を与えよう」

 シルバーがため息を吐きながら静止の声を上げると、アダムは至極楽しそうに笑って、言った。

「シオンは“BATTLE GENERATION'S”のアジトの中に捕まっている。
 助けたければ、そこへ行くことだ。
 ……《羅月》、お前の真実も、きっとそこでわかる」

「“BATTLE GENERATION'S”の……アジト……!?」

 その情報に、ユウが食いつき、ラツキが不安そうな表情を浮かべる。

「……根拠は? 証拠は!?」

「ユウ」

 けれど青年に詰め寄るユウを、ラツキはそっと止める。

「ラツキ……?」

「ユウ、この人、嘘ついてないよ……。
 何となく、だけど……信用できる人だって、オレの心が言ってる」

 ラツキはそのまま、真っ直ぐアダムを見つめた。

「あなたは、何者ですか。
 あなたの真実は……何ですか」

 その視線を受け止め、優しい笑みを浮かべて、青年は答えた。

「君は強い子だ、《羅月》。
 ……私はアダム、君たち“LEGENDZ”の……創始者だ」

「……えっ……!?」

 驚くラツキたちに背を向け、青年は歩き出す。

「ま、まって、アダムさん……っ!!」

 手を伸ばし縋るラツキの声にも振り返らず、アダムの姿はやがて、蜃気楼のように……消えていった。

「……アダム……さん……。知ってる、気がする……なま、え……」

 ぐらり、とラツキの体が傾く。
 気を失ったのだろう。ユウとミアが彼の名を呼ぶ。

「ラツキ!?」

「ラツキ……!」

 その小さな体が倒れきる前に、ゴールドが彼を抱き上げた。

「まあ、多分色々……言いたいこと、聞きたいことはあるだろうけどさ、まずはラツキを休ませて、それからにしよう」

「……そう、ですね……」

 心配そうにラツキを見ながら、ミアもユウも大人しく頷く。
 そんな二人に苦く笑って、ゴールドは言った。

「……隠し事とか、言えないこととかさ、普通みんなあるもんだし……深刻に考えなくても大丈夫だって」

「ゴールドさん……」

 ユウの驚いたような表情に、今度は明るく笑いながら、ゴールドは早く行こう、と一行を促した。



(君の真実。オレの真実。消えたのは、現実?)

(オレの存在は、何なのだろう……――)



 揺らぐのは、記憶か現実か。



 第17話 終。