第16話 マツバ


 ――エンジュシティ。


「わあ……! 古い建物が一杯だね」

「本当だねえ」

 ラツキとユウが、街中を見回しながらそう言った。
 古都であるエンジュは、今もなお古い街並みを守っている。

「ここは昔から変わってないからなあ」

 と、ゴールドは懐かしそうに笑う。
 二年前、彼らだけでジョウトを旅をした時と同じ景色に、少し安堵するように。

「そんなことよりジムよバトルよッ!!」

 そんな仲間たちの感慨深い雰囲気をぶち壊したミアは、そう言い放ってジムを目指して駆けて行った。

「……ミアちゃん……」

 ため息をつきながら、ユウたちは仕方なく彼女の後を追うのだった。

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「たのもーーッ!!」


 ――バンッ!!


 壊れるのではないか、と仲間たちが思わず思うほど威勢良くジムの扉を開くミア。
 彼らの視線はミアから外れていて、関わりたくないと言外に匂わせていた。
 唯一苦笑いなのがラツキとゴールドで、一連の流れを見ていたここ、エンジュジムのジムリーダー……マツバは、二人の性格の良さに密かに同じく苦笑を零した。

「……君が海江 未亜イリエ ミアちゃん、だね?
 僕はエンジュジムリーダーのマツバだ」

 気を取り直したマツバが、ミアに声をかける。
 どうやらジョウトのジムリーダー全員がユウたちのことを知っているらしい。

「使用ポケモンは三体、入れ替え制。 ……いいね?」

「ハイっ!」

 基本的なルールに則って、ミアとマツバのバトルが始まった。
 ユウたちも気を取り直して、試合観戦の体制に入る。

「行くぞ! ゴース!!」

「行って! フィラン!!」

 マツバはゴースを、ミアはトゲチックを繰り出した。

「フィラン、“じんつうりき”!!」

「食らうか! ゴース、かわして“さいみんじゅつ”! そして“のろい”だ!!」

 トゲチックの攻撃をかわしたゴースが、マツバの指示に従って“さいみんじゅつ”を放つ。
 見事に眠ってしまったトゲチックに、ゴースは追い討ちをかけるように自身のHPの半分と引き換えに“のろい”をかけた。

「フィ、フィランっ!!」

「ゴース、交代だ! 行け、ゴースト!!」

 トゲチックを心配して声を荒げるミアを物ともせず、マツバはゴースをボールに戻し、続けてゴーストを繰り出した。

「ゴースト、“ナイトヘッド”!!」

「きゃあ!? フィランっ!!」

 ゴーストの攻撃とゴースの“のろい”攻撃に冒され、トゲチックは戦闘不能となり、その場に倒れ込む。
 ミアは慌てて彼の元へ駆け寄った。

「フィラン、ごめんね……」

 モンスターボールに戻したトゲチックをぎゅっと抱きしめてから、ミアは表情一つ変えずに佇むジムリーダーを見据えた。

(やっぱり、マツバさんすごく強い)

 別のモンスターボールがカタカタと揺れる。
 まるで、ミアを励ますかのように。

「……そうよね。 こんなところで立ち止まってちゃ駄目よね」

 そっとモンスターボールの中の相棒に微笑んでから、少女は勢いよくそれを投げた。

「リヒト……お願い!」

 応えるように鳴き声を上げ、相棒……ピカチュウがボールから飛び出す。

(こんなところで立ち止まってちゃ、追いつけないわ)

 弟にも……幼なじみの少年にも、誰にも。


 +++


「はい。 これがファントムバッジだ」


 激戦の後、微笑みながらマツバはミアにジムバッジを差し出した。

「あっ……ありがとうございます!」

 嬉しそうに笑い、彼女はそれを受け取る。

「ミアちゃんすごいね!」

「さすがバトル好きだなー」

 ユウとゴールドに口々に誉められ、照れ笑いを浮かべるミア。
 それを微笑ましそうに見守ってから、マツバは真剣な表情を浮かべた。

「……すまない」

 唐突な謝罪の言葉に、一同はきょとんとする。

「……本来なら、このような事態は我々各地のジムリーダーが収束すべきことだ」

 このような、とは“BATTLE GENERATION'S”による一連の事件のことなのだろう。
 ユウは慌てて首を振った。

「いっいえ、僕たちなら大丈夫です! ゴールドさんたちも一緒ですし」

「……そうだな」

 軽くため息を吐いてから、マツバは相変わらずの無表情で腕組みをしながら壁にもたれかかっているシルバーに視線を移す。

「彼女が制止しなければ、すぐにでも参戦するんだが」

「……別にジムリーダーたちが出てくるほどのことではないからな」

 彼女の淡々とした言葉に、そうか、と苦く笑うジムリーダーに、ユウたちは首を傾げる。

「シルバーさんが制止してるんです、か?」

 一体彼女は何者なのだろう、とユウが代表して問うが、【守護者ガーディアン】の少女は黙ったまま、マツバがただ苦笑いを零した。

「何でも、ないよ。
 ……それより、君たちの今後の旅だが」

 話を逸らした彼に尋ねたいことは多々あったが、ユウたちは大人しく続きを促すことにした。

「……なんですか?」

「この先、辛い出来事に沢山直面するだろう。 ……特に、ラツキくんは」

「……っ」

 真っ直ぐに自身を見て放たれた言葉に、ラツキはひゅっと息を飲んだ。

「どういう、意味ですか」

 そんなラツキを庇うように、ユウが尋ねる。

「そのままの意味だよ。
 僕はそこの彼女のように、はっきりと未来を視る事はできないけれど……君たちの旅路が、ラツキくんの失った記憶が、君たちの想像を超えるくらい辛いものになるだろうということは、視えるから」

 “千里眼”を持つという彼の、凪いだ風のように穏やかな声音に、ユウたちは彼女……シルバーを見やる。

「彼女は【守護者】の中でも特に【始祖】に近い予知能力の持ち主らしいから……いや、これは今は関係のない話だな」

 シルバーに睨まれ、慌てて首を振って口を閉ざしたマツバに、今度は彼らを除く一同が苦く笑った。

「ええと、まあ……とにかく、オレたちは大丈夫だよ、マツバさん」

 無言でジムリーダーを睨むシルバーを宥めながら、ゴールドが彼に声をかける。

「こいつらは、きっとそれさえ乗り越える力を持ってるから」

「……なら、いいんだけどね」

 ユウたちを見つめながら放たれたゴールドの言葉に、優しく、それでいてどこか不安げな表情で、マツバは頷いた。


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「それじゃあ、マツバさん。 ありがとうございました!」

「気を付けて、いってらっしゃい」

 ジムの出口から見送るマツバにミアが一礼をし、ユウとラツキもそれに倣って、そして彼らは歩き出した。


「……どうか、気を付けて」

 願うように、祈るように呟かれたその言葉は、聞こえることはなく。



 第16話 終。