第13話 さよなら、あの日の僕ら。


 ユウたちの前に現れた、漆黒に近い青の髪の青年。

「お前は……ッ!! 天羽アマバ 龍樹リュウキ!!」

 そう、彼こそが“BATTLE GENERATION'S”のリーダー、天波 龍樹だった。
 リュウキはユウに視線を向ける。

「……葵守アオカミ 結友ユウか。 ……久しいな」

「シオンをさらった時しか会ってないのに……覚えてもらっているとは光栄だな」

 憎しみを込めた眼差しで、リュウキを睨むユウ。

「お前……“BATTLE GENERATION'S”のリーダーなんだって?」

「……ああ」

 そんな彼の視線を気にも留めず、リュウキは薄く笑いながら頷く。
 その肯定にユウは、更に憎悪を込めた声で叫んだ。

「……“オレ”は……お前を倒すッ!! そのために強くなった!!」

 握り締めたモンスターボールをリュウキに向かって突き出す。
 怒りだけが、ユウを支配していた。

「もう、あの頃の非力なオレじゃないッ!!」

「悪いが……そんな事をしているヒマはない」

「な……ッ!?」

 けれど、そんな彼をリュウキは受け流す。
 驚き今にも襲いかかってきそうなユウをリュウキは気にしない様子で、ヒカリたちの方を見やる。

「ヒカリ、ルウ、ピアノ」

 リュウキが彼女らの名前を呼ぶと、彼女らはビクッと反応し、代表らしいヒカリが謝罪する。

「すみません、リーダー……。 ご期待に添えることが出来ず……」

「……手を抜いて勝てる相手ではないだろうに。 まあいい。 それより、先にアジトへ戻れ」

 だが、彼女たちの予想に反し、リュウキはヒカリたちにそう告げた。

「え……?」

「ポケモンの体力……もうないのだろう?
 早く戻って回復してやれ。 それとお前たちも」

 呆然とするヒカリたちに、次の任務のためにも、と言うリュウキは、おそらくそれを言いに来ただけなのだろう。
 その不器用な優しさを感じ、ヒカリは頷く。

「すみません……ありがとうございます。 ……行くよ」

 ユウの気をリュウキが引いている間に、ヒカリはルウとピアノを連れて引き返していった。
 今の自分たちでは彼に勝てるかわからない。
 あの少年……ユウが強い、という以前の問題だった。 感じたのは、異質な雰囲気だった。

 +++

「……お前……なぜラツキを狙うんだ?」

 ヒカリたちが去った後、ユウがリュウキに尋ねた。

「……ふっ。 焦らずとも、そのうちわかるだろう。 それより……」

 リュウキはここで一度言葉を切り、彼の背後の木々に向けて声を放つ。

「そこにいるのはわかっているんだ。 隠れていないで出て来たらどうだ?」

 すると、木々の間から黒い髪の青年……ギアが現れた。

「……っ! だ、れ……?」

 ラツキがギアを見て呟く。
 どこか自身に似てるからか、見覚えがあるような気がした。
 思い出そうとした彼に、頭痛が襲う。

「……さすがだな。 気付いていたのか」

「当たり前だ。 ……もちろん、まだ隠れてる奴らもな」

 無表情なギアの言葉に、薄い笑みを浮かべたまま、リュウキは頷き木々を見やる。
 しばらくして、ギアが出てきたのと同じ木々の間から、赤い髪の少年……グラナドスと、青い髪の少年……カーレイン、仮面をかぶった少年……シキが現れた。

(……え……!?)

 ラツキは痛む頭を押さえながら、彼らを見た。 何かを思い出しかけそうになるが、思い出そうとする度に頭痛が酷くなる。

「シオンやラツキと……似てる……!?」

「どういう、こと……?」

 ギアたちを見て驚いてるのはユウとミアも同じだった。
 彼らは皆、髪の色や髪型、衣服は違うが、纏う雰囲気がラツキと似ており、身につけているペンダントも色が違うだけだったからだ。

「ずいぶんと潔いな」

「……今日はお前に用があるわけじゃない」

 どうやら二人は知り合いのようだった。
 キツく睨んだまま彼にそう答えるとギアは、後ろにいたシキの方を向く。
 シキは黙ったまま頷いて歩き出し、やがてラツキの前で立ち止まった。

「……え?」

 ラツキはなぜ彼が自分の目の前で立ち止まるのかわからず、困惑した表情を浮かべる。
 そのまま二人の間には、沈黙が降りた。
 穏やかな潮風が吹き、彼らの髪を揺らす。
 ラツキは黙ったままの仮面の少年を見て、不思議そうに首を傾げた。

(……本当に、もう……『あの頃』のコイツじゃないんだな……)

 ぐっと拳を握り締め、シキはそっと瞳を閉じた。
 自分の名すらわからぬ彼に、何と声をかければ良いのか。
 ギアに頼み込んで連れてきてもらったものの、どう接するべきか、など思いつくはずなどなかった。

(……自分でお互いの傷を抉る、なんて。 馬鹿か、オレは)

 名を、呼んでくれない目の前の彼に、シキは自嘲する。
 頭痛がするのだろう、少し痛そうな表情をしている。 何年も一緒にいたのだ、わからないわけがない。

「……オレの名は……星鬼シキ……。 また、会おう……。 ……『ラツキ』」

 その声は、今にも泣き出しそうで。

「シキ……」

 カーレインが思わず彼の名を呟く。
 あの子に会いに行く、とシキが言い出した時、不安になってグラナドスと共に同行を希望した。
 今のシキは、あまりにも不安定だったから。

(ほら見ろ、泣き出しそうな顔をして)

 強がっていても、彼もまだ幼い。 ましてや、彼とあの子は……。

 +++

 シキはラツキに背を向け歩き出す。

(……『✕✕』……)

 ポツリと呟いた言葉は、誰にも届くことはなく。
 ぽたり、と彼から涙が落ちたことには、ギアたちしか気づかぬまま。

(ああ、オレはどうすれば、どうしたらお前を救える!?)

 泣いたところで現実は変わらない。 だけども、彼に会ったことで改めて認識をした。
 自分が彼を救えていたら、と……。

 +++

「……シキ……?」

 シキたちが立ち去り、気が付けばリュウキもいなくなっていた。
 まだ痛む頭を押さえながら、ラツキは彼の名をぽつりと呟く。
 どこか懐かしい響きを持つその名前に、何かを思い出しそうになりながら。


 あの時と同じ星空が、彼らを包み込もうとしていた。


 第13話 終。