――ウバメの森。
「……間違いないわ。
ここにも『伝説のポケモン』がいるみたい」
森の中に、マトの声が響く。
「ほら、この祠!! 『セレビィ』が奉られてるもん!!」
そう言って彼女は目の前の祠を指差す……が。
「……あの、マトさん?
これって調査隊がやることじゃ……?」
「……大体、セレビィなんて何を今更……」
呆れたようなネアとサキカのため息混じりの声に、マトは大声を上げる。
「いいのよっ! だってヒマなんだもんっ!!」
「……ここで彼らが来るのを待ち伏せ、なんて……確かに暇ではあるけれど……」
うるさいわ、などと言いながら、草むらに座っていたサキカは立ち上がる。
「きっともうすぐ来るわ……」
そっと妖しげに笑む彼女に、ネアはため息を吐いた。
+++
その頃、ユウたちもまたウバメの森に足を踏み入れていた。
「なんか薄暗くてヤな感じー……」
はあ、とツインテールを揺らしながらミアが肩を落とす。
「まあまあ、この森を抜けたらすぐジムのある町に着くから……頑張ろうよ!」
「ジム……。そうね、そうよね!!
二人とも、さっさと行くわよ!!」
宥めるユウの言葉に、ミアは一気にテンションが上がる。
先程の様子から一転、スタスタと歩き出した彼女を見て、ユウとラツキは顔を見合わせ苦笑いを零した。
……その時だった。
「あらあら、簡単には抜けさせないわよ」
「っ!?」
ユウたちに突然、少女の声が降り注ぐ。
驚く三人の目の前には、“BATTLE GENERATION'S”の一員……マト、ネア、サキカがいた。
「……久しぶり……って感じじゃなさそうだね」
「まあね。こっちは記憶喪失くんを連れて帰らなきゃいけないから」
ユウの言葉に返事をしたのはマトだった。
彼らのやり取りを見ていたラツキは、恐る恐る声を発する。
「……あのさ……その呼び方、いい加減やめてくれないかな……。
今のオレの名前は『ラツキ』だから」
「じゃあラツキ、私たちと一緒に来なさいよ」
なんとも言えない顔で名乗ったラツキに、マトはあっさり彼の名を呼び、手を差し伸べた。
けれど彼はゆるゆると首を横に振る。
「それは……断るよ」
「ああもうっ!! まどろっこしいわ!!
あんたたちバトルしに来たんでしょ!!」
しかし、今まで黙って様子を見ていたミアが、突如大声を上げた。
「……ええ、そうよ……」
「……姉貴、もう一度バトルだ。条件は、この前と同じ」
サキカが頷き、同じくそれまで黙っていたネアがミアに提案する。
「……わかったわ。ここで引いたら、あんたを連れ戻せないだろうし……ポケモンマスターにもなれないものね」
「……姉貴はいつもそうだ。……いや、いい。いけ! フレイ!!」
笑顔で承諾したミアに、ネアは辛そうな顔で呟く。
しかしすぐに首を振り、バタフリーをボールから出した。
ミアはピカチュウを出し、二人はそのままバトルを始めた。
「フレイ、“しびれごな”!!」
「リヒト……っ!!」
バタフリーの羽から出た粉が、ピカチュウに降りかかる。
途端にピカチュウは麻痺状態になり、思うように動けなくなった。
そんな二人に釣られて、ユウたちもバトルを始める。
「リーちゃん、“みずてっぽう”!!」
「フルール、“メガドレイン”!!」
マリルリが水を放つが、草タイプのキレイハナにはあまり効かない。
キレイハナはそのままマリルリの体力を吸収した。
「こちらも……いくわよ……。
ソムニウム……“シャドーボール”……!!」
「ムルド、“エアカッター”!!」
ムウマが放った黒い影の塊が、エアームドを襲う。
だがダメージを受けつつもエアームドはラツキの指示通り鋭い風を起こし、ムウマに攻撃をした……。
そのとき、だった。
――ピリリリ……ピリリリ……
ポケギアの電子音が、森中に響き渡る。
『……マトさん、ネアさん、サキカさん。
“第二戦闘隊”が動きはじめました』
鳴り止まぬそれにマトが渋々ポケギアを取ると、女性の声が聞こえた。
『お疲れでしょう。一度帰還してください』
「はあ!? まだバトルの途中なんですけど!? ……って切られたし!」
用件だけ告げ、電話は切られてしまったようだ。
マトがポケギアに向かって叫ぶも、不通音が虚しく響くだけだった。
「……だってさ」
少し不満そうな顔で、マトはポケギアを仕舞う。
ネアもため息をつきながらポケモンをボールに戻した。
「……そう言うことだ。バトルは次回へ持ち越し、だな」
「……そんなことをさせると思っているのか?」
冷めた目でマトたちを睨むのは、ユウ。
そんな彼を見て、サキカはせせら笑った。
「あら……いいの……? こちらには貴方の大事な人がいるのよ……?」
「……ッ!!」
大事な人……シオンを人質に出され、押し黙るユウ。
もう用はない、と言わんばかりに彼らに背を向けてマトたちは歩き出した。
「……っネア……!! ネア……っ!!
待って、ねえ待ちなさいよ、ネアっ!!」
そんな彼女たちを見て、ミアは慌てて弟へと声をかける。
けれどネアは一度だけ立ち止まり、すぐにまた歩き出したのだった。
+++
――マトたちがいなくなった後。
悔しさに拳を握り締めるユウと、悲しそうに地面を見つめるミアの間で、ラツキはかける言葉を探していた。
「あの……二人とも……」
だが、大丈夫、と続くはずだったラツキの言葉は、ミアが急に顔を上げたことによって遮られた。
「ユウ、大丈夫?」
「……え?」
そのまま何事もなかったかのようにユウの心配をする彼女に、ユウも戸惑いを隠せずミアを見やる。
「……そういうミアちゃんこそ……」
「私は平気。だって、悲しんでいたってネアは戻ってこないわ!
次に会ったら今度こそ話を聞いて……お母さんのところに連れ戻してやるんだから!」
そう言って気丈に笑うミアに、ユウは眩しいものを見るような目で微笑んだ。
「ミアちゃんは、強いね」
「当たり前よ!」
だから行きましょう、とユウの手を引っ張って歩き出すミア。
まるで暗い場所にいるユウを、明るい世界へ連れ出すように。
(彼女はいつだって、僕には眩しすぎる)
そう思いながらもユウは、自分の中の黒い物が溶けていくのを感じていた。
そんな二人を無感情な目で見ていたラツキには、気づかぬまま。
(どこか距離がある、この場所は怖い。……だけどオレに、還る場所なんて……)
第10話 終。
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