第10話 哀しみに堕ちるのは誰か


 ――ウバメの森。


「……間違いないわ。
 ここにも『伝説のポケモン』がいるみたい」

 森の中に、マトの声が響く。

「ほら、この祠!! 『セレビィ』が奉られてるもん!!」

 そう言って彼女は目の前の祠を指差す……が。

「……あの、マトさん?
 これって調査隊がやることじゃ……?」

「……大体、セレビィなんて何を今更・・・・……」

 呆れたようなネアとサキカのため息混じりの声に、マトは大声を上げる。

「いいのよっ! だってヒマなんだもんっ!!」

「……ここで彼らが来るのを待ち伏せ、なんて……確かに暇ではあるけれど……」

 うるさいわ、などと言いながら、草むらに座っていたサキカは立ち上がる。

「きっともうすぐ来るわ……」

 そっと妖しげに笑む彼女に、ネアはため息を吐いた。

 +++

 その頃、ユウたちもまたウバメの森に足を踏み入れていた。

「なんか薄暗くてヤな感じー……」

 はあ、とツインテールを揺らしながらミアが肩を落とす。

「まあまあ、この森を抜けたらすぐジムのある町に着くから……頑張ろうよ!」

「ジム……。そうね、そうよね!!
 二人とも、さっさと行くわよ!!」

 宥めるユウの言葉に、ミアは一気にテンションが上がる。
 先程の様子から一転、スタスタと歩き出した彼女を見て、ユウとラツキは顔を見合わせ苦笑いを零した。
 ……その時だった。

「あらあら、簡単には抜けさせないわよ」

「っ!?」

 ユウたちに突然、少女の声が降り注ぐ。
 驚く三人の目の前には、“BATTLE GENERATION'S”の一員……マト、ネア、サキカがいた。

「……久しぶり……って感じじゃなさそうだね」

「まあね。こっちは記憶喪失くんを連れて帰らなきゃいけないから」

 ユウの言葉に返事をしたのはマトだった。
 彼らのやり取りを見ていたラツキは、恐る恐る声を発する。

「……あのさ……その呼び方、いい加減やめてくれないかな……。
 今のオレの名前は『ラツキ』だから」

「じゃあラツキ、私たちと一緒に来なさいよ」

 なんとも言えない顔で名乗ったラツキに、マトはあっさり彼の名を呼び、手を差し伸べた。
 けれど彼はゆるゆると首を横に振る。

「それは……断るよ」

「ああもうっ!! まどろっこしいわ!!
 あんたたちバトルしに来たんでしょ!!」

 しかし、今まで黙って様子を見ていたミアが、突如大声を上げた。

「……ええ、そうよ……」

「……姉貴、もう一度バトルだ。条件は、この前と同じ」

 サキカが頷き、同じくそれまで黙っていたネアがミアに提案する。

「……わかったわ。ここで引いたら、あんたを連れ戻せないだろうし……ポケモンマスターにもなれないものね」

「……姉貴はいつもそうだ。……いや、いい。いけ! フレイ!!」

 笑顔で承諾したミアに、ネアは辛そうな顔で呟く。
 しかしすぐに首を振り、バタフリーをボールから出した。
 ミアはピカチュウを出し、二人はそのままバトルを始めた。

「フレイ、“しびれごな”!!」

「リヒト……っ!!」

 バタフリーの羽から出た粉が、ピカチュウに降りかかる。
 途端にピカチュウは麻痺状態になり、思うように動けなくなった。
 そんな二人に釣られて、ユウたちもバトルを始める。

「リーちゃん、“みずてっぽう”!!」

「フルール、“メガドレイン”!!」

 マリルリが水を放つが、草タイプのキレイハナにはあまり効かない。
 キレイハナはそのままマリルリの体力を吸収した。

「こちらも……いくわよ……。
 ソムニウム……“シャドーボール”……!!」

「ムルド、“エアカッター”!!」

 ムウマが放った黒い影の塊が、エアームドを襲う。
 だがダメージを受けつつもエアームドはラツキの指示通り鋭い風を起こし、ムウマに攻撃をした……。

 そのとき、だった。


 ――ピリリリ……ピリリリ……


 ポケギアの電子音が、森中に響き渡る。

『……マトさん、ネアさん、サキカさん。
 “第二戦闘隊”が動きはじめました』

 鳴り止まぬそれにマトが渋々ポケギア電話を取ると、女性の声が聞こえた。

『お疲れでしょう。一度帰還してください』

「はあ!? まだバトルの途中なんですけど!? ……って切られたし!」

 用件だけ告げ、電話は切られてしまったようだ。
 マトがポケギアに向かって叫ぶも、不通音が虚しく響くだけだった。

「……だってさ」

 少し不満そうな顔で、マトはポケギアを仕舞う。
 ネアもため息をつきながらポケモンをボールに戻した。

「……そう言うことだ。バトルは次回へ持ち越し、だな」

「……そんなことをさせると思っているのか?」

 冷めた目でマトたちを睨むのは、ユウ。
 そんな彼を見て、サキカはせせら笑った。

「あら……いいの……? こちらには貴方の大事な人がいるのよ……?」

「……ッ!!」

 大事な人……シオンを人質に出され、押し黙るユウ。
 もう用はない、と言わんばかりに彼らに背を向けてマトたちは歩き出した。

「……っネア……!! ネア……っ!!
 待って、ねえ待ちなさいよ、ネアっ!!」

 そんな彼女たちを見て、ミアは慌てて弟へと声をかける。
 けれどネアは一度だけ立ち止まり、すぐにまた歩き出したのだった。


 +++

 ――マトたちがいなくなった後。


 悔しさに拳を握り締めるユウと、悲しそうに地面を見つめるミアの間で、ラツキはかける言葉を探していた。

「あの……二人とも……」

 だが、大丈夫、と続くはずだったラツキの言葉は、ミアが急に顔を上げたことによって遮られた。

「ユウ、大丈夫?」

「……え?」

 そのまま何事もなかったかのようにユウの心配をする彼女に、ユウも戸惑いを隠せずミアを見やる。

「……そういうミアちゃんこそ……」

「私は平気。だって、悲しんでいたってネアは戻ってこないわ!
 次に会ったら今度こそ話を聞いて……お母さんのところに連れ戻してやるんだから!」

 そう言って気丈に笑うミアに、ユウは眩しいものを見るような目で微笑んだ。

「ミアちゃんは、強いね」

「当たり前よ!」

 だから行きましょう、とユウの手を引っ張って歩き出すミア。
 まるで暗い場所にいるユウを、明るい世界へ連れ出すように。

(彼女はいつだって、僕には眩しすぎる)

 そう思いながらもユウは、自分の中の黒い物が溶けていくのを感じていた。


 そんな二人を無感情な目で見ていたラツキには、気づかぬまま。


(どこか距離がある、この場所は怖い。……だけどオレに、還る場所なんて……)



 第10話 終。